閑話⑪ フランス=コミューン(西暦2023年5月18日)
「……民間人への被害が止まらないぞ。どうするつもりだ、ベン」
「国際的な非難をしたところで、どうしようもありません。我々が取るべき道は2つでしょう」
「プロイセンを先に潰すか、日本を先に潰すかか」
「ペルシアにフラコミュ軍の通行権を認めるよう、迫っています。通れば、大陸を通じてインド方面で日本軍と衝突出来るでしょう。あの国も、現状保持している戦線でいっぱいいっぱいのはずです」
2023年5月18日。フラコミュは日本の無差別爆撃に苦しんでいた。予定通りに工場が稼働せず、大規模な火災が都市で発生する。日本は風船爆弾を大量生産し、大幅なコストダウンにも成功している。間髪入れずに数千という数の爆弾が、無差別に降り注ぐのだ。
もちろん、フラコミュにも何も無い土地というのは存在する。しかし大半の土地を効率的に活用している以上、無差別爆撃による生産活動への影響は、計り知れないものとなっていた。特に民間人に多数の死者が出たことは、フラコミュにとって耐えがたい屈辱でもあった。
ベンと呼ばれた男性は、フラコミュのトップを務める7人の内の1人だ。軍需工場の管理を行なっており、武器や弾薬は必要な分だけ生産をしていた。しかしながら、工場が爆破され生産量の低下が始まってから、必要量の供給が出来ずにいて、立場的には追い詰められる側の存在になっている。
社会主義だからといって、競争が無い訳では無い。トップが7人と決められている以上、無用な内輪揉めはほとんど発生しないが、少しでもミスがあれば追及は免れない。奇しくも、この点はフラコミュと日本で似通っている部分になる。
「どう足掻いても、アメリカ大陸の保持は難しい。上空の風が、西から東に流れている限り無差別爆撃は続く。やはり、上陸させるべきでは無かったのだ」
「戦略での敗北は、我々の管轄外ですよ。一度上陸させてしまった方が包囲は楽という思考は、同時強襲上陸によって破綻しています。奴らの爆撃を、止めるしか方法はありません」
「どうやって、防ぐのだ。対空砲火にさらしても、燃えた破片は降り注ぐぞ」
フラコミュは、日本軍が上陸して来るだろうという予測をしていた。アラスカ方面での攻勢の規模が、日本軍としては小さかったことが推測の元となっている。結果的に、わざわざ宣戦布告していることも裏目に出ていた。
強襲上陸をしてくると読んだ上で、あらかじめ上陸予測地点を複数選定し、いつでも包囲出来るように軍を配備する。フラコミュにとって予想外だったのはその上陸ポイントが複数あったことと、上陸して来る軍の規模が桁外れに大きかったことだ。
30万人規模の軍が2ヵ所に上陸して来る。それに対応しきれなかったため、初動で多くの兵を失ったフラコミュ軍は西海岸を喪失し、制海権すら失った。大コロンビア王国を味方に付けてパナマ運河を通行出来たと思ったら、日本人の工作員によってパナマ運河自体を破壊される。
フラコミュが打つ手は、アメリカ大陸で防衛線を敷き、要衝で攻撃を受け止めることだけだった。特に、パナマ運河の爆破はフラコミュにとっても大コロンビア王国にとっても痛手だった。パナマ運河は、海抜が26メートルにもなる。その運河の水門が爆破されてしまったせいで、復旧の目途は立っていない。
太平洋に派遣した艦隊には最悪の時の戦術も伝えてあるが、成功したのかすらフラコミュ本国からでは分からなかった。プロイセンを相手に雪解けと共に大規模な攻勢に出た時には、新兵器である戦車が次々と破壊された。
高価な戦車が機能しなかった理由は、戦車を投入した戦線に日本軍が多かったという理由もある。まだ速度が出ない戦車を相手に、精鋭である日本軍は冷静に砲弾を撃ち込み続けた。日本の砲兵は精密射撃に長けることは既にプロイセン側も把握していたため、戦略的要衝には日本軍の砲兵が配置されていた。
既に、戦争はフラコミュの初期の計画からかなり逸脱している。予定通りなら今頃にはプロイセンの首都ベルリンに迫り、和平案を飲ませることも可能だった。日本がフラコミュ側で参戦していれば、世界が平等になるとすら考えていた。
もうアメリカ大陸で殺されたフラコミュ軍は、民兵も合わせると70万人以上という数値になっている。欧州ではその倍の数のフラコミュ人が死んでおり、ベンは聞こえないはずの政府に対する猜疑心が聞こえているようだった。追い詰められて身動きが取れなくなる前に、フラコミュは決断をしないといけない。
「……地雷の敷設と都市の破壊を行ない、アメリカ大陸全体で遅延戦術を行なう。抽出して来た軍は、全てプロイセンに投入する。次の攻勢でライン川を渡り、ベルリンを確実に落とそう」
「次の攻勢で、ベルリンが陥落しなかった場合はどうするつもりだ。そしてそれでは、軍需工場の数が激減することになるぞ」
「ライン川以西のプロイセン領には工場地帯も多い。占領した地域を活用すれば、生産量は落ちない。アメリカ大陸では、無差別徴兵を開始して時間を稼ぐしかない」
ベンは結局、風船爆弾の対応を諦め、遅延戦術を徹底させる方針を進言した。精鋭を引き抜き、プロイセン軍と戦う軍へ編入させることで、プロイセン軍の突破を図ろうとする。
精鋭を撤退させた結果、前線に立つのは新兵や民兵が中心になった。数で戦力を補おうとしたため、必然的に補給が難しくなった。そんな時に、物資集積所や線路を狙って破壊する日本軍が現れる。アメリカ大陸におけるフラコミュ軍は、戦線を下げざるを得なかった。




