第276話 火計
4月16日。日本軍もアメリカ大陸で攻勢を行ない、ある程度の前進が出来たところで2回目の風船爆弾による無差別爆撃を行なった。1回目の半分という量の風船爆弾だけど、今回は飛行機で被害の確認も行なうことにした。
爆弾や機関銃を持たない、素の飛行機であればそれなりに速くなったし、ある程度高いところを飛べるようになったので、観測機としての運用を始めたということだ。まだ、高高度を飛べるようにはなっていないけど。高高度を飛ぶためには、更なる飛行機の改良と、低圧環境下でも耐えうるパイロットが必要だ。
そして風船爆弾は想像以上に凄い兵器だということを、日本側は思い知る。
風船爆弾に搭載している爆弾に関して、日本側は少しでも被害を拡大させるために引火しやすいような爆弾になっている。これは風船爆弾の本体、和紙で作られた風船部分を燃やして痕跡を残さないようにするためと、水素で飛ばしているため、必然的に燃えやすいという特徴があるので簡単ではあった。
そして観測出来た被害として、大規模な火災が幾つかあった。燃えやすい風船爆弾を大量に投下したことと、フラコミュは高層建築物が密集して立ち並んでいたことから、どうやら大火災に発展しやすかったらしい。
前進する時、大した抵抗が無かったのは軍が救助活動も行なっていたからだろう。防火対策はしていたようだけど、燃やそうとして付けられた火はなかなか消えない。
「日本は、都市で起きる火災の対策をきちんとしているよね?耐震性能が高いのは知っているけど」
「大規模な都市区画ごと火災が起きた場合の消火というのも想定はしていますが、被害が大きすぎると燃え尽きるまで待つことが最善になります」
「風船爆弾を相手側が真似して来たとして……日本には届かないけど、プロイセンには届けられそうだな」
「一応、風船爆弾についてはプロイセンと取引して概念を伝えています」
仁美さんに現在の防火対策について聞くと、前のバクー油田火災の時に概念を伝えた消火器が形になって来ていることと、元々蒸気で動く放水ポンプがあることは伝えられる。せっかくなので、消防車も設計させようか。
プロイセンに現在、色んな技術を売り払っているのは戦後の土地を確保するためだ。食糧の対価として、中米や南米への干渉をしない確約をして貰っている。将来的に、この世界大戦に勝てば日本とプロイセン、ロシアが世界を牽引する立場になる。その時に、極力動きやすいようにはしたい。
……インドがイギリスの手から離れてしまったから、イギリスはもう主要な植民地がアフリカの中央部とエジプトぐらいしか存在しない。そしてそのどちらも、インドがあるからキープしていた土地だ。もはやイギリスの影響力というのは、大したことが無い。
それでも海軍力はある方だから、敵にはしたくない国ではあるが。世界大戦が終われば、余力だけで中南米を制圧しに行きたいけど、それもどうなるかは今後の世界の動向次第。ペルシアを降してしまえば世界を相手にしても戦えるかもだけど、それは被害が大きくなりすぎるのと、国がどう転ぶか読めないので却下。
それにしても風船爆弾は、費用対効果的にかなり良い兵器かもしれない。何だかんだ言って、火計は戦略の基本だ。古代から続く最も初歩的な策略は火による火計だけど、風船爆弾という形にしてもここまで有効だとは思わなかった。
2回目の前進では、さらに占領地を広げられるだろう。アメリカ大陸の占領に関しては補給線がやっぱりネックとなっているけど、かなり順調に攻略は進んでいる方だ。流石に大西洋を挟んで風船爆弾は飛ばせないので、フラコミュの本土爆撃は自重するけど、それまでは風船爆弾を量産しようかな。
「民間人にも、多数の被害は出ているようですね」
「そういうことは喜々として報告しないで欲しいけど……まあ、効果は大きいということだ。運要素が、あまりにも大きいけど」
彩花さんが悲しみを一切含まない声でフラコミュの民間人に対する被害を読み上げているけど、フラコミュには実質、民間人がいない状態だ。国の命令があれば民兵となって襲って来る可能性がある、潜在的敵兵でもある。
……いや、言い訳はよそうか。民間人への被害がこれほど大きくなるとは予想外だったし、少しばかり罪悪感はある。だけど戦争中に、そういうことを考えてはいけないし、相手の最も嫌がることをするのは基本でもある。日本が負けた時のことなんて、考慮しなくても良い。
「そう言えばプロイセンの方でフラコミュ軍を完全に退けたらしいけど、栄一郎さんが活躍したんだってね。栄一郎さんって、秀一郎さんの子供だったっけ」
「そうですね。サンディエゴ方面軍で第6軍を率いている秀一郎さんの息子です。既に栄一郎さんが少佐というのは、出世し過ぎているような気がしますね」
「プロイセン軍に在籍している時は、プロイセンが階級を決めているのだから別に良いんじゃない?日本だって、多大な戦功があれば出世できるんでしょ?」
「栄一郎さん活躍に関しては、報告書が届いているので後で読んで下さい。なかなかに、姑息な罠を使用していますよ」
話題は欧州戦線でのフラコミュ軍の話に変わって、そこで活躍をした栄一郎さんの話になる。何だかんだ言って、留学生達はかなり活躍しているみたいだし、成長も著しい。将来、日本軍の中枢を担える人材になるだろう。
……活躍したという栄一郎さんは、ブービートラップで一世を風靡したみたいだ。すぐに対策をされるだろうから、一応注意はしておこうか。




