第275.5話 配給
2023年4月9日。プロイセンの対フラコミュ戦線の最前線で活躍している豊森栄一郎は、久方ぶりに内地へ戻って来た。フラコミュの攻勢が落ち着いたのと、金稼ぎを始めた豊森明佳に出資するためだ。
「……内地は配給の量が減ったとは聞いたが、まだまだ余裕そうじゃないか」
「無駄にジャガイモが多いから、食べ辛くはあるがな。小麦の量は、さらに減る予定だぞ」
「それでも、満腹になるまで食えるし十分な量だろ。あ、これ余っている配給カードだけどいるか?」
「チーズと牛乳だけ、随分と貯めたな。まあ、貰えるものは貰っておこう」
プロイセンの配給は、食糧を無料で配布しているわけではない。公正な価格で買える権利を渡されているだけであり、基本的には格安価格で購入する形になる。栄一郎が明佳に渡したのは、チーズと牛乳の購入権が書かれた紙に書かれた、チケットになる。
これを国の定めた商店に渡すことで、国の決めた価格でチーズや牛乳、小麦やジャガイモなどを購入することが出来る。チケットは週に一度、大きな色紙で届くのだが、期限も書かれていないため、一部を貯め込むことが可能だった。
栄一郎が渡したものは、大量の牛乳とチーズのチケットだった。豊森家の人間としては珍しく、栄一郎は乳製品が嫌いだった。そのせいか、栄一郎の背は明佳より低い。
「日本の配給制度とは随分と違うし、参考にもなるな。日本もこの形式の配給なら、真似できるだろ」
「……偉ぶるなら、せめて好き嫌いを無くしてからにしろ。
それで、対フラコミュ戦線の英雄様が何の用だ」
「止めてくれ。俺はただ、穴を掘っていただけだぞ」
「それで戦車が止まるのだから、お前のお陰だろう。それに、悪質な悪戯に関しては素直に称賛する」
プロイセンの対フラコミュ戦線ではフラコミュ側が、お粗末ではあるが戦車を繰り出してきた。装甲を貼り付けた車体に機関銃を取り付けた、戦車もどきではあったが、戦場では猛威を振るった。その戦車を食い止めたのが、栄一郎の落とし穴である。
普通の人が通る時には作動せず、戦車のような重量のあるものだけを落とす落とし穴は、各戦線で通り道に設置された。落とし穴の蓋を、前線で製作、量産したのだ。街から撤退した後で、罠にかかったフラコミュ軍を奇襲し、街の奪還にも成功している。
穴を掘ることは、塹壕戦に慣れているプロイセン軍にとって得意なことだった。10メートル以上掘られた穴に、100キロ以上の重量は耐えられない木の蓋を被せて地面と同化させる。予備の塹壕を、落とし穴として加工もした。
戦車だけが落ちる大量の落とし穴は、フラコミュ軍を多いに悩ませた。戦車だけでは無く、砲兵も大砲と一緒に落ちるからだ。後方で働く新兵を戦争で活躍させ、時間を稼いだことは、栄一郎のれっきとした手柄である。
また、敵兵の死体に爆弾を仕掛けることも栄一郎が考案し、フラコミュ軍に一定の被害を与えた。死体を回収すると爆発する爆弾は、死体を回収しなければならないフラコミュ軍にとってかなり悪質な罠だった。
この2つを対フラコミュ戦線の各前線で一斉に行なったために、ライン川を渡河された後に、被害が急速に拡大することは無かった。冷静に対処し、渡河された場所でフラコミュ軍の半包囲を繰り返した結果、春のフラコミュ軍の攻勢は半月程で下火になった。プロイセンの軍も集まり、無理な攻勢になっているとフラコミュ側が気付いたからだ。
フラコミュの攻勢を間接的にも止めたのだから、栄一郎の名も広まる。既に今川や文人がプロイセンで活躍をしていたから、日本人の意見が軽んじられることも無かった。
「……今川は、どうしている?」
「対スカンディナヴィア戦線で、師団の参謀長になっている。実質的に、1個師団を動かす立場だ。大隊規模しか動かせないお前とは、随分と差が付いたな」
「嵌められたと言うよりは俺が間抜けだっただけだから、差が付いているのは別に良いけど、思っていたより出世してないな。俺も前線に戻ったら、師団司令部に所属するぞ」
「じゃあ、悪質な罠はますます増えるのか。フラコミュ軍の神経を逆撫でするような悪戯を、期待している」
栄一郎は悪質な罠に期待していると言われて少し腹を立てたが、実際に今日、内地へ戻る前に提出した姑息な罠の数々は、採用されそうなものばかりだということを思い出し、言葉を引っ込める。フラコミュ軍の神経を逆撫でするどころか、激情しそうな罠も含まれているため、非常に居心地が悪くなった。
「そんなことより、今日来たのは金稼ぎの話をするためだ。セロファンを利用して、何か作るんだろ?」
「簡単な話では無いがな。まあ、売れる物を作るのに金は必要だから、投資してくれると助かる」
「……何か、当てでもあるのか?」
「この前、秀則様からアイデアを頂いたよ。可能なら、という話だったが、俺は実現可能だと思う」
明佳、香保子に加えて栄一郎の資金を加えることで、明佳の元にはある程度の資本が集まった。そのお金と秀則に教えられた知識の中から、明佳はあるものを開発しようとする。そしてそれは、これからの世界に必要不可欠なものだった。




