第274話 インドの闇
4月5日。今年も京都で綺麗な桜が満開を迎える頃、インドの不可触民達の生態について纏められたレポートが届いた。
……生態、と報告書に書かれていたので嫌な予感はしたけど、まさしく不可触民の扱いは家畜同然だったみたいだ。前に話を聞いた時以上のえげつない現状というか、人の闇を見た気がする。
まず、前提としてインドは職業を選択できない文化だ。親の職業を子供が継ぐのは当たり前のことで、職業選択の自由とは程遠い社会になっている。だから、不可触民はその職を放り出したとして、別の職業に就く事は出来ない。何故なら、応募出来る職が存在しないからだ。
仕事をボイコットすれば、待っているのは飢え死にという悲惨な結末。不可触民に、かけられる慈悲など無い。また、不可触民は教育を受けていない者が99%以上なので、どうすれば辛い生活から脱却できるかも分からないし、考えることが出来るのかも怪しい。
報告者が見た限りでは、不可触民と接触するだけで穢れると信じられているようだ。その一方で、不可触民の女性に対する性的暴行も当たり前のようにあるみたいで、思っていたより野蛮だった。
……ただ、不可触民が全員、知能の無い家畜化された人間かと問われればそうでも無いみたいだ。不可触民達だけの村も存在するようで、そこに住む人たちはまだ文明的な生活を送っているらしい。都市部では、奴隷として扱われている不可触民も存在するようだし、不可触民の村も定期的に襲われるそうだけど。
共産主義を理解している人がいるのかも怪しいけど、何となくでも良いものだと広めるしかないな。インドの選挙準備は順調らしいので、体制が固まり切ってしまう恐れはある。完全に独立してしまう前に、手を打つべきだ。
このまま独立してしまえば、反イギリスが国民感情として根付いてしまう。そうなれば、インドが日本の敵に回る可能性は高い。ペルシアへの侵攻は、本当に悪手だったかもな。でもペルシアへの侵攻をしなければ、ペルシアがインドの大部分を制圧する可能性はそこそこあった。状況としては、そちらの方が面倒だ。
「いじめ、に近いものですか?」
「そうじゃないかとは思うよ。いくら攻撃しても怒られない存在に対して、人はどこまでも増長するからね。家畜扱いは、まだマシなんじゃないかな」
「カースト上層が不可触民を殺しても、無罪放免というのは流石におかしいと感じますよ」
「豊森家だって、そのぐらいの特権階級ではあるんじゃないの?人を殺しても、その人が何の生産活動も行なっていない元犯罪者とかだったら、払える程度の罰金で済ませるでしょ」
「……その場合は、犯罪を犯した人間の思想を徹底的に調べます。将来的な危険因子になりかねないのですから、殺した理由や状況によっては豊森家でも重い罪になります」
仁美さんには、不可触民の現状がいじめと似ているのでは無いかと伝える。カースト上層だけじゃなく、不可触民以外の全員が不可触民に対して暴力的行為に躊躇いが無いのは、それが許されているからだ。
おそらく、この不可触民を庇ったりするとその人も不可触民と同じような扱いを受けることになるだろう。ここからは想像に過ぎないけど、カースト制度はただでさえストレスの溜まりやすいインド社会で、最も頭のおかしい制度だ。そのストレスのはけ口となっていたのが、不可触民なのだと思う。
……方針としては、不可触民に選挙権を与える方針で良いだろう。幸い、インドの共産主義者とはコンタクトが取れた。警戒されている中で、よく接触して相互理解を得られたと思う。後は、インド共産党を選挙で勝たせれば良い。
「このままだと不可触民に選挙権は無さそうだし、口出しはしようか。不可触民が全員共産党に入れられれば、確実に議会が割れる。問題は不可触民の学の無さだけど、共産主義を理解していない層にも、共産主義は良いものだという印象付けをしよう」
「……それで、共産党が大勝した場合はどうするのですか?」
「割れた方がありがたいけど……その場合、自動的にカースト上層と国がぶつかるから見物出来る。純粋な時間稼ぎは出来るし、内戦が激化すれば国力は低下するよ」
インドは国力が日に日に落ちている。支配層の、イギリス人達が完全に撤退したからだ。イギリス本国ではインドに対してどういう考え方を持っているのか分からないけど、支配する人がいなくなれば、国民を管理する人がいないのだ。
ただでさえそんな状況なのに、さらに共産党が国を乗っ取れば、政府とカースト上層で対立が起きる。内戦も起きるだろうから、更なる国力の低下と大量の死人が出るだろう。不可触民がその過程で何人死ぬか、予想すら出来ないな。
ペルシアは、別に共産主義では無い。単に、勝ち馬に乗っているだけだ。だからインドが共産主義になろうと、戦争は中断しないだろう。この点も大きいし、共産党の支援は続行の予定だ。
……問題は、選挙権を不可触民に与えられるかだな。どちらかというと、今のインドのトップを牛耳る人間はイギリス寄りの自由主義者だろう。選挙をすれば、政府としての正当性を確保できると思っているはず。でもインド人であることは確かだし、不可触民を人間として扱うという発想があるかは怪しい。
とにかく、不可触民に対して共産主義のプロパガンダをしていこうか。その際にカースト下位層も巻き込めそうだし、日本教を信仰しているというインド人達も協力を仰げそうだ。ペルシアの侵攻は止まっているそうだから、結局は時間との勝負か。
……選挙で文字が書けない場合、紙に書かれている政党欄の中から丸を付けることになるのかな?普通選挙を実行するなら、そういう配慮があるのかも見ておきたい。




