第24話 越境
ハンググライダーの試運転が終わり、石油の存在が確認出来たので発掘指示を出してから半月ほどが経過した日の朝。早朝から豊森家の屋敷に連絡が入った。
「秀則さん!起きて下さい」
「……何?何が起きたの?」
「中華民国の軍が一斉に越境を開始し、石油の掘削施設を建設中の遼寧地方に進軍を開始。国境に駐屯していた第16歩兵師団と第68歩兵師団が交戦状態に入りました!」
2020年5月6日の朝。中華民国の軍が、大日本帝国の領内に侵攻。これにより日中戦争が勃発した。このことが仁美さんから俺に伝えられたのは、5月8日の早朝である。……電線の設置が完了していたら、もう少し早くなっていたのに。
仁美さんに起こされて、連絡を受けたその日の夜には船に乗って朝鮮半島の平壌まで移動した。京都からの指示だと2日遅れになるし、実際に近代戦を生で見てみたかったので、反対を強引に押し切っての移動だ。そこで、5月7日までの戦闘経過の報告を受ける。
「ひ、秀則様ですか?」
「そうだから、早く戦況を教えて。中国はどのぐらいの規模で攻めて来たんだ?」
「一昨日、昨日と交戦状態が続きましたが、今朝方になって中華民国軍が後退したのを確認しました。朝に追撃の指示が出されていましたが、現在はどうなっているかはわかりません。攻めて来た中華民国軍の総数は10万人ほどです」
どうやら中国軍は10万人規模の軍で攻めて来たようで、今は国境まで後退したらしい。中国って人が多いし、大軍で来るイメージだったから少し拍子抜けというか、気が楽になった。
「あれ、でも日本軍で戦闘に参加したのは2個師団だけじゃないの?」
「いえ、予備役兵を急ぎ編成した第1予備役歩兵師団も加わり、初日は3個師団4万人で応戦致しました。現在はロシア帝国との国境にいた第1騎兵師団と後方に配置されていた第17歩兵師団も加わっており、中華民国との国境には約6万の軍が駐在しています」
「ありがとう。追撃は現場の判断に任せるけど、北京までは進軍しないように言っておいて」
「了解いたしました!」
連絡役の人は朝まで現地にいた人で、豊森家から誰か戦場に来るなら今日は朝鮮内の何処かで泊まると予測した軍団長が平壌に泊まることまで読み切って派遣したそうだ。無駄なことに無駄な才能を発揮させるぐらいなら、最初の連絡役の人が平壌まで来るよう誘導すれば良かったのに。本当に電話が欲しい。
5月6日の戦闘の詳細なレポートが渡されたので読んでみると、その内容はとても信じ難い内容だった。まず、10万の中華民国軍は軍を3つに分け、中央軍6万、右翼軍2万、左翼軍2万で同時に侵攻してきたらしい。そして最初に敵中央軍と第16歩兵師団が接敵し、日本軍側から砲撃を開始。敵中央軍を木端微塵に粉砕したようだ。
……歩兵師団って、今は1個師団当たり1万人だよね?いや、第16歩兵師団には砲兵旅団がくっついているから1万3千人ぐらいかな?それで6万の軍を退けるって、何をしたんだ。
「愛華さん、連絡役の人を連れ戻してきて。元帥への連絡なら親衛隊の誰かに行かせるから、ここに残って質問に答えて欲しいんだ」
「わかりました。急ぎ確保してきます」
詳細レポートを読んでいると、某大本営発表が霞むレベルの大戦果が書かれているので連絡役の人を連れ戻してもらった。
「まだ平壌から出てなくて良かったわ。あ、名前と階級だけ教えてくれる?」
「はい!私の名前は品川 義永です。階級は中尉で、第16歩兵師団を率いる豊森 秀二郎様の副官の1人です」
「お、師団長ってことは、少将の副官か」
連絡役の人は第16歩兵師団師団長である秀二郎少将の副官だそうで、苦労してそうな人だ。たぶん周り全員が豊森家なんだろうな。そんな中で出世街道を歩んでいるのだから、優秀な人だ。
「じゃあ聞くけど、この戦果と被害の数は正確なの?」
「はい、正確です。敵中央軍と第16歩兵師団の戦闘で第16歩兵師団の死傷者は116名。対して、敵軍の死傷者は1万人近いと思われます」
「え?……秀則様、その報告書を見させて貰えないでしょうか?」
「ああ、愛華さんも見て貰った方が話は早いな」
そんな連絡役の人を連れ戻した理由は、戦果と損害の数がおかしかったからだ。6万対1万3千で始まった戦いで、6万側の損失が1万人で1万3千側の損失が116人とか理解が出来ない。あり得る理由としては、中国側の技術力が色んな意味でヤバい日本よりも大きく劣っているとか、あらかじめ強固な防御陣地を築いており、そこに中国軍が突っ込んで来たとか……。
「日本って、中国に武器の提供とかしていたから、技術力で大きな差が出るとは思えないんだけど」
「一応、中国に輸出する武器には螺旋溝を掘っていません」
「あ、螺旋溝が無い小銃や大砲を使っているのか。それなら飛距離とか精度は段違いだな。
……それでもここまでの大勝になるとは思えないんだけど」
一応、中国に提供していた武器には螺旋溝を掘らなかったらしい。螺旋溝は銃や大砲の銃身や砲身部分の内側に掘る溝のことで、俺が戦国時代にいた頃に開発した。よく映画や漫画の演出で銃弾が横回転していたことが気になり、いろいろと試していく内に、螺旋溝を掘った銃や大砲は飛距離が伸びるし精度が上がると気付いたのだ。
実際には螺旋と言うより、少し斜めになっている溝、という方が正しいのかな。螺旋溝があるかないかで差が出ることも確かで、研究が進んだであろう今ではかなり大きな差になっているはずだ。
「それに関しては私が。
中華民国の中央軍は第16歩兵師団が布陣した鳳凰山を素通りしようとしたため、砲台に設置されていた大砲で砲弾の雨を敵軍に食らわせました。慌てて鳳凰山を包囲しようとする敵中央軍は、包囲が完成した頃には士気も低下し、今朝になって撤退しました」
「……包囲されてからは攻撃されなかったの?」
「攻撃はされましたが、こちらが高所を陣取っており、こちらの砲の方が射程は長かったため、敵は有効な攻撃手段を持ち合わせて無かったのだと思われます」
高所から包囲陣に向かって撃ち続けていたら、敵は撤退したらしい。そりゃ、一方的に撃たれ続けるなら包囲攻撃は止めるわな。その判断が遅すぎるような気もするけど。
……もしかして、想像以上に中国は弱いのかな?それなら何故、日本を攻撃して来たのか、ということになるけど。