第270話 インド首都
3月25日、英領インドの首都であるデリーの首都機能が停止した。この世界では、ニューデリーなんて名前の都市は無いので単なるデリーだ。たぶん、首都を移転するタイミングが元の世界とは違ったのだろう。
首都が機能を停止した、ということは国が崩壊を始めるということだ。既に金融機関は正常に機能せず、銀行からお金を引き出そうとする人達でいっぱいだけど……諦めるしかないだろう。
情報も完全に停滞してしまっているため、首都近郊でも情報を集めるのは諦めた方が良い。それだけ独立運動が、過激だったということだ。イギリス人狩りを行なっている国に、イギリス人が常駐したくないのは当たり前だしな。
一部のイギリス人はロシアではなく日本に保護を求めて来たので、とりあえず受け入れはするけど厚遇はしない。事情があったとはいえ、行政としての仕事や役目を放棄したことには違い無いし、既に偉い立場では無い人達だ。丁重に扱って調子に乗られるよりも、雑に扱うぐらいで良い。
さて。傀儡国家であった英領インドの支配体制を壊すことには成功したインド人だけど、直ちに別の国として生まれ変われたかと言うと、そういうわけでもない。利権を求めて、内輪揉めが始まるからだ。そして、ペルシアとの戦争は継続している。
……どう考えてもインドという国は詰んでいるな。今まで、国の中枢機関を全てイギリス人が支配していたのは確かだけど、運用して国を動かしていたのもイギリス人だ。イギリスの庇護下にあったから、経済が成り立っていた部分も多い。
搾取されなくなったとはいえ、裕福になるとは限らない。下手をすれば、経済自体が死ぬからだ。
「インドの救援は、考えなくても良いか。日本としては、このままペルシアが肥大化する方が不味いから旧アフガニスタン領の侵攻を優先したいけど……何日かかりそう?」
「旧アフガニスタン全域を確保するなら、今から最短で81日とのことです。自転車化した部隊など、機動力を増した部隊は多いですが、それでもアフガニスタンは広いです。全域の確保には、3ヵ月前後の時間が必要かと」
旧アフガニスタン全域を確保するための日数を聞いてみると、大体3ヵ月が目安とのこと。山岳地帯が多いし、元々3000万人のアフガニスタン国民が住んでいた地域だ。広いのは当たり前か。
質問の回答を行なった後、愛華さんは続けて話す。
「しかしペルシア軍は、想像以上に弱兵のようで中国軍よりかマシという程度です。人口数を考えると楽観視は出来ませんが、初接触時は被害が想定以上に軽微でした」
「……81日が最短なら、時間はかかりそうだな。弱兵とは言うけど、日本軍も多くの死者は出ているんでしょ?列車砲は、山奥まで運べないか」
「線路を敷設しながらの進軍ではありますが、補給のために線路を使用しているので、すぐに列車砲を活用するのは難しいですね」
愛華さんがペルシア軍は弱いと言うけど、軍同士の衝突を行なっている以上は死者が出ている。既に中央アジア方面軍の日本の被害者数は、2万を超えた。もっとも、ペルシア軍の被害者は10万人を超えているみたいだけど。
スパイ活動も上手くなってきたようで、ペルシアへ諜報員を潜り込ませることには成功している。情報の抜き取りも、コツを掴んで来たようだ。フラコミュには入国も出来ないことを考えると、ペルシアはかなり与しやすい相手だ。
……だからといって、ペルシアに多くの戦力を割くわけにもいかないから判断が難しい。スカンディナヴィアを陥落させるために、欧州への派兵も多くなった。フラコミュが、欧州かアメリカ大陸かのどちらかに全力で来るとすれば、深入りするわけにもいかない。
ペルシアへの攻撃は、インドの救出が不可能な今、ペルシアの国力を余っている軍で削ることが主目的となっている。いつ停戦をするのかも、検討しないといけないのだけど……突然ぶん殴ったのは日本側なので、交渉の余地があるかは怪しい。
インドがイギリスの手から完全に離れた今、英領インドという国も無くなったということか。欧州戦線で戦っているインド人達は、祖国が無くなったということだな。新しい国名はどうなるか分からないけど、共産主義者が利権を握る可能性すらあるので勘弁して欲しい。
民衆の支持としては、シク教徒が中心となっているインド人解放戦線と、ヒンドゥー教徒が中心のインド民族会議が多いようだ。他には南部に多く住むドラヴィダ族が中心の政党や元々存在していたイギリス人達の政党を乗っ取った自由党などもある。
……インドの有識者達は、この混乱の中で選挙を強行しようとしているみたいだ。イギリス人を追い出して、イギリスの政治の真似事である選挙を行ない、国としての形を保つ。既に色々な国としての機能がストップしているから、急ぎたいことではあるのだろうけど性急過ぎる。
「まるで国家ごっこだな。選挙さえすれば、国を治める大義名分が手に入ると思ってやがる。その選挙が終わる前に、国として死ぬだろうし諜報員達は命を大事にしてくれ」
「しかし、選挙が終われば国としての機能は回復方向に進みますよね?」
「ペルシアが侵攻を停止していたら、イギリスが独立を見過ごせば、可能性としては残るね」
インド人達は、やっぱりインドとして纏まった独立をしたいのだろう。どこでどう話し合っているのかまでは分からないけど、外敵が多いから1つに纏まる可能性は高い。でも、それは日本として阻止しないといけない。
……ペルシアの侵攻速度がどれほどのものなのかと、ペルシア側のインド人がどれぐらい存在するかによるかな。このペルシア寄りのインド人を、どうやって見分ければ良いのかは難しいな。




