第256話 自転車社会
日本で自転車が売られ始めて、1年以上の時間が経過した。一昨年の12月に販売が開始されたから、1年と2ヵ月ってところか。自転車免許の普及率も高くなってきたことで、徐々に日常生活で自転車を活用する人も多くなって来た。
だから、京都の街中でも自転車に乗って走るという光景をよく見かける。中には、免許の必要が無い三輪車でアスファルトの道路を走っている子供の姿も見える。というか、大人でも三輪車で走っている人は多い。後ろに大きなカゴを乗せられるから、三輪車の方が買い物とかに活用しやすいのだろう。
……常識や文化は、徐々に形成されていくものだ。改変前の世界で大人が三輪車に乗っていたら2度見をしてしまうが、この世界ではまだ三輪車で走っていてもおかしいとは思われない。この認識がどう変化していくのか、少し楽しみだな。
だけど、逆にお年寄りがそこそこのスピードを出して二輪車で駆け回っている姿を見るのは正直に言って怖い。急に子供が飛び出したとして、反応は間に合うのだろうか。学校でも自転車の進行方向へ身体を出さないという教育は始めたようだけど、成果が出るまではタイムラグがあるかもしれない。
「自転車の普及率がどんどん上がっているのは良いけど、道路が自転車でいっぱいになる地域も出ているのか。交通量が多い場所は自転車専用の道路を作るように言ってたけど、幅が足りなかった?」
「そういうわけでは無いですが、既に自転車専用の通路からはみ出して走行している自転車を多く見受けます。取り締まりますか?」
「いや、むしろ1年間も線の内側を真面目に走っていたことに驚いたし、別に良いよ。元々線は目安だし……でも、自動車側の通路には出ないよう注意喚起はしてくれる?」
「かしこまりました」
自転車を利用する人が増えたことで、また問題も発生している。用意しておいた自転車専用通路は幅が狭く、まだ自動車が走っていないのに自動車用の道路があるから、自動車用の道路で自転車が走っている事態に陥っている。まだ問題は起きて無いけど、時間の問題だろう。
対策として、この前の誕生日で19歳を迎えた怜可さんに自転車利用者への注意喚起を行なって貰う。まあ、自動車が走り始めたら自転車用の道路へ自然と納まると思いたいけど。それでも習慣化してしまうのが早ければ、守られ無さそう。罰則を、強化すべきか。
広い道は専用道路を作ることが出来るけど、狭い道はそうもいかない。住居を壊して広い道路にしてしまうことも出来るのだけど、流石に色々と勿体ないのでルールで制約をしていかないと駄目だ。
「曲がり角での自動車の一時停止は、徹底させているよね。ただ、自転車は言うことを聞かない人がいるのも現状か」
「減速はするのですが、それでもまだ速いスピードで曲がり角へ突入する人は少なからずいますし、だんだんと数が多くなって来ました。それによる事故も、京都だけで何件かあります」
「月に、何件ぐらい?」
「小規模な接触事故も含めると、月に十数件は起きています」
「2日に1回は起きるのか。これからさらに自転車の利用数が増えそうだということを考えると、悩ましい問題だな」
自転車の免許制度を確立する時に、自転車のルールはかなり厳格に決めた。曲がり角での一時停止や、左右の確認。無理な追い抜きの禁止など、数々のルールを決めたけど、罰則が緩かったのと検挙率の問題で一般化させることは出来なかった。
愛華さんによると、やっぱり自転車の事故は多いみたいだ。京都ではまだ出て無いけど、他の地域では重傷者も出ている。運転に不慣れな人も多いのか、自転車同士の接触事故や、転倒事故も多いそうだ。酷い場合は、正面衝突をしている。
……まあ、俺も改変前の日本で自転車に乗っていた時、曲がり角で一時停止はしなかったな。曲がり角で減速はしていたけど、見通しの良いところだと減速すらしていなかった。小さな子供を轢きかけたこともあるし、雨の日に急いでいて、曲がり切れず電柱に突っ込んだこともある。幸い、大きな怪我をしたことは無いが、危なっかしいタイプの人間だっただろう。
自転車自体は便利なものだけど、使う人によっては凶器にもなる。取り締まりの強化は出来ればしたく無いのだけど、限定的なチェックは行うべきか。
「自転車が安価なことも事故率が高い一因かもしれないのは、ちょっと嫌な気分だな。安いから壊れても問題無いという考え方は、個人的に嫌いだ」
「そうですね……他にも事故率が高い原因として、自転車に乗っている時に感じる速さが快感というのも示されています。今までに無かったものですから、最初の印象が大切なのですが……」
「まあ、仕方のない面も多いことは確かだ。事故なんて起きない、と思う層が大半だし、俺もそういう人間だった。
……自転車で人を殺めてしまった場合の、寸劇を作ってくれる?出来るだけ、リアルに」
「自転車で人を殺めた場合ですか。それは、現実の話でもよろしいでしょうか?」
「もう、死亡事故も起きてるのかよ。いや、1年も期間があれば起きる出来事か」
愛華さんに、自転車で人を殺した場合の寸劇を作るように命じた。可能な限りリアルでお願いしたから、ノンフィクションになりそう。一応、これを自転車免許更新の度に見せることで事故防止に繋げようという魂胆だ。
……ちなみに、自転車を開発して良かったと1番思えたのは自転車化歩兵師団がサンディエゴ戦線で多大な戦果を挙げた時だ。自転車で敵陣を突破したり、師団単位で裏に回れる速度が出るのは素晴らしい。予想以上に、包囲が楽になったとのこと。
ただ、走破性の向上は必須とも言われた。パンクとかも多いみたいだし、まだまだ改良の余地はある。




