第255.5話 戦線の整理
2023年1月29日。プロイセンの統一司令部にて、豊森文人中将の案が採決された。これにより対オーストリア=ハンガリー戦線では戦線の突起部を放棄し、戦闘区域を限定して戦線を平らにすることが決定された。
凸凹な戦線を整理し、直線に戦線を構築し直すことで、戦力の余裕が無い現状のプロイセン軍の中から余剰の戦力を抽出することが出来る。あくまでも戦力の捻出が主目的であり、その軍は対スカンディナヴィア戦線に投入される予定だ。
昨年の11月に行なわれたイタリア、オーストリア軍の包囲作戦は7割方成功し、プロイセンはイタリア軍を十数万人という規模で捕虜にした。そしてその中には反共産主義者の存在も多く、イタリア軍の内情をプロイセンは詳しく知ることが出来た。
情報が揃うにつれて、イタリア軍では既に厭戦気分が漂っていることを知る。まだ共産主義革命が起きて時間が経過していないため、イタリア共産党はイタリア全土の完全な支配を出来ていなかった。
そんな状況のイタリア軍だが、文人は無理にオーストリアへ侵攻するよりも、スカンディナヴィアを先に始末するべきだと周囲に説いた。スカンディナヴィアは前の大粛清から年数が経っておらず、高級士官はまだ経験を積めていない。新しく昇進した高級士官達が一人前となってしまう前に、バルト海を渡って蹴りを付けるべきだという思考に文人は至った。
その考え方には概ね同意をしたプロイセン軍人であるバルヘルム元帥は、それでも戦線の平坦化に反対した。とっかかりが無いと、攻勢に出る際、敵戦力の包囲が難しいからだ。しかしそんなバルヘルムを、文人は説得した。
『攻勢に出るためにも戦力は必要です。その戦力を捻出するためには、どこかの戦線を平らにするしかありません。戦略的に撤退線を引くことで、より少ない戦力で防衛をすることが出来ます。他の2つの戦線まで平らにしろと、言っているわけではありません。1番平坦にしやすい、対オーストリア戦線だけ実行しましょうと言っているのです』
『……保守的な考えだな。前提としている、スカンディナヴィアの方が早くに降参するということにすら私は懐疑的だよ。だが、信用はしよう。今までの短い期間で、鬼のような戦果を挙げた君の案だ。実行するしかあるまい』
『私は、悪魔ではありませんよ?』
『悪魔のような考えはしているだろう?』
バルヘルムのような考え方のプロイセン軍人は多かった。スカンディナヴィアよりも、オーストリアやイタリアの方が御しやすい。戦線を平らにしてしまえば、完全な長期戦となってしまう。そう考えて反対する人は多かったのだ。
しかし、バルヘルムが説得されたことで統一司令部の派閥問題は解消される。それと同時に、文人が統一司令部の中心になり始めていることを、イギリス軍人もロシア軍人も理解した。
このことが翌日になって伝わった対スカンディナヴィア戦線では、士官である日本人留学生達が寒さに凍えていた。
「何で、スカンディナヴィアの方が御しやすいの?前回の包囲で、イタリア軍を十万人規模で捕虜に出来たのよね?」
「オーストリアもイタリアも、自国領を防衛するための戦いに切り替われば底力を出してくるかもしれない。一方でスカンディナヴィアは元から国土を侵攻されているのだから、今すでに底力を出している状態だということだ。これは、何よりも大きい。文人中将の言う通り、高級士官が少ないのも付け入る隙だ」
香保子はスカンディナヴィアの方が弱いという文人の意見に疑問を持ち、それを明佳が解消する。キールは降雪量こそ少ないものの、気温が氷点下ということは珍しくない。それでいて都市部では薪の数が不足しているため、暖を取ることが難しかった。
「薪の輸送量が減ったから、国内で薪の不足する地域が出るというのは興味深い現象だが、寒くてかなわんな。掘りごたつでも作るか」
「良い考えね。お金なら私も出すわ。
ところで、掘りごたつを作れる人はどこにいるのかしら?」
「……やろうと思えば、自分達でも作れるんじゃないか?」
プロイセンはロシアから薪を購入していたが、ロシアからプロイセンへ運ぶ際は鉄道を利用していた。その鉄道は現在、薪よりも重要な食糧や衣服、弾丸や小銃で搭載量がいっぱいだった。薪を運ぶ、輸送量の空きが無かったのだ。
「陸の方は、忙しそうだな。街では女性が労働する姿も見受けられるし、兵器の生産量は増え続けている」
「でも、その女性が働ける場所が少ない。政府は女性を労働力として活用する方法に気付いたようだけど、需要と供給が見合ってない」
「そうだな……起業してみるか?お前もある程度、蓄えはあるんだろ?」
「良いわね。あなたがお金を半分出すなら、私も出すわよ」
プロイセン国内では労働力不足が問題となっていたが、女性と子供を活用することで乗り切ろうとしていた。しかし、働ける場所の供給が、働ける状態の女性の数より少ないことに明佳は気付く。
明佳は11月の作戦の影の功労者ではあったが、相変わらず閑職で地道な作業をしている。その最大の理由は、功績を金で売ったからだった。それを香保子も見逃しているし、他の留学生達は黙認している。2人は少しでもプロイセン国民の苦痛を解消するために、戦況を根本から覆すために、計画を立てる。
その計画が実るまで、大した時間はかからなかった。




