第245話 共和派
世界中を巻き込んだ大戦で、消耗戦が各戦線で始まった中、スペインが本格的な内戦を始めた。……最初は、何を言っているのか分からなかった。まさか、フラコミュの隣国という立ち位置で内戦を始めるとは思わなかったからだ。
共和派と呼ばれる方々がスペイン内部で暗躍をしている、みたいな情報は掴んでいたけど、実際に内戦まで発展するほどスペインは柔では無いと参謀本部も考えていた。この世界のスペインは、未だに南米やアフリカを中心に植民地も保有しており、庇護国となっている中南米の国々とも上手くやっている感じだった。
何より、イギリスと合同でフラコミュの艦隊と戦っていたり、反共産主義的な側面があった。今大戦では早々に中立を表明して、共和派による不和を防ごうとしているとしていることまでしか情報は入って来て無かったけど、そこまで国として悲惨な状況だとは思わなかったな。
ここで言う共和派は、社会主義者、共産主義者、無政府主義者達だ。現行のスペイン政府の、反政府勢力と言った方が良いかもしれない。この共和派が、スペインの癌となっていたことは知っている。
……スペインの共産主義者は、完全にフラコミュの手下だな。本人達にその意思は無かったとしても、フラコミュのスパイをやっているに等しい。それぐらい、スペインにとって不利益な存在になっている。
改変前の世界で、スペインは1936年から1939年まで内戦を行なっていた。左派が選挙で勝って、共産主義色が強くなって来た時期に、右派のナショナリスト派が結束をして反乱を起こしたのだ。言ってしまえば、左派に不満を持つ人間が多かったから、暴動が起きたわけだ。
しかし今回は、少人数のはずの共産主義者達が内乱を起こしたのだからわけが違う。ナショナリスト派が蜂起した時には国民が少なからずナショナリスト派を支持していた。一方で今回、国民は共産主義者をほとんど支持していない状態のはず。これは、スペインの内情がある程度分かっているから言えることだ。
「一部の人々しか支持してないのに、共産主義者によって内戦が引き起こされたということは、支配層に共産主義者が多いということだ。被支配層が馬鹿じゃなければ、止まるはず」
「支配層だけが、共産主義陣営に加担しているとは考え辛いのですが……。スペインでは国民の大多数が現行の政府を支持している状態でした。それが急に、共産主義へ鞍替えしたとは思えませんね」
仁美さんと話しながら、今回の件を精査する。スペインの内情に関しては、情報が集まっていた方だ。少なくともペルシアみたいに、何も分からないという状態では無い。しかしその内情を把握すればするほど、内戦が起きるとは考え辛い状況に思えて来る。
反乱と言っても、民意を問わず民衆を集めて起こした反乱だ。しかし戦闘が起きて、内戦となるなら蜂起した数は多かったのだろう。
……まあ、日本にとっては対岸の火事だ。冷静になって考えてみれば、フラコミュが介入できる余力を持っているかは怪しい。フラコミュのスパイが内戦を起こさせた可能性もあるけど、それだと本当にすぐに鎮圧されるだろう。
これでスペインが共産主義革命を起こしたら笑えないが、司令官だけ共産主義者という状況で、内戦が継続するとは思えない。今回の一件で一番の大打撃を受けるのは、地中海への入り口であるジブラルタルを領有するイギリスかな。共和派の蜂起はスペインの南部で多く起こっているようだし、ジブラルタルに影響は出そうだ。
「民衆の政治的意識が低いというのは、スペインの異質な点か。随分と、無政府主義者を支持する人が多い」
「実際問題、生活を脅かす政府じゃなければ民衆にとって上に立つ人はどうでも良いですからね。そういう意味では、支配層が共産主義者であれば革命を実行出来そうです」
「支配層による共産主義って時点で真っ当な共産主義国にはなら無さそうだけど。一応、今までは選挙で政治家を決めていたから、議席数がそのまま支持率だと思いたいな。全議席が、比例代表という思い切ってる国だし」
「選挙区に関しても、イギリスのように複雑な分け方にはなっていません。下院の共和派の議席は、合わせて350議席中110議席です。そのうち、共産党は16議席ですね」
スペインの選挙制度は独特で、小選挙区ごとに比例選挙を行なっている。個人では無く、政党に投票しているということだな。それでいて、スペインでは王様の権限も残っている。上下両院の解散を行なえたり、王様が緊急を要すると判断した事案が発生した時には、王様が議会の主宰も出来る。
それでも王様が単独で権力を行使することは出来ないから、かなり民主的な政治を行なっていることは確かだ。そうじゃないと、まず最初にイギリスと衝突していただろう。なかなか面白い政治システムだけど、議会の大多数を占めていたのは自由党という何の政策も無いような連中と、保守派だった。政治が良かったかまでは、不明だな。
いや、政治が良かったら無政府主義者やその支持層なんて生まれるはずもないか。この無政府主義者というか、政治なんてどうでも良いと思っている層が重要になってくる気がするな。一先ず、プロイセンとイギリスの諜報員に期待をするか。
……日本からスペインに諜報員を派遣しようにも、距離的な問題で難しいし、間にフラコミュ陣営が挟まるからどうしようもない。共和派に所属している全員が内戦を起こしているわけじゃないし、厄介なのは共産主義者だけか。でも混乱具合から察するに、共和派で共産主義では無いという人も暴れてそうだ。
情報を待ちつつ、最悪のケースへの想定をするようにとも言っておこう。スペインが共産陣営入りは、日本にとっても非常に不味い。その最悪のケースが現実として起きたとしたら……パナマ運河を、破壊しようか。




