第229話 国債
8月5日になり、会談は3日目に入る。豊森家の発行する新聞では、アラスカ戦線で苦戦していることが正直に書かれていた。ただ、日中戦争で150万人以上を動員した日本がアラスカ戦線には40万人しか投入していないことに、違和感を持てる賢い国民が多かったからか、反応は希薄だ。戦線から離れていることも原因の1つだとは思うけど、日中戦争中も本土の日本国民は戦争への関心が高く無かった。
長い間、日本は本土を侵攻されたことが無い。東南アジアでの植民地獲得戦争中に本土まで攻め入られた経験が無いから、最後にあった日本本土への攻撃は元寇になるだろう。危機感はあった方が良いのか、無い方が良いのか、俺には分からないから特に対策をするつもりも無いけど。
「イギリスとの会談で何かしら得をしたいとは考えていたけど、難しそうだな」
「あくまで情報交換をしているだけなので、具体的な内容が無いのは仕方のないことだと思います。お互い、戦勝時に欲する物が分かっただけでも良い方ですよ」
「そういうものなのか。とりあえず今日は、予定通り為替の話にも持っていきたいのだけど」
「ああ、そう言えば為替の件なのですが、少し待って慎重になった方が良いかもしれません」
会談で何かしら得る物が欲しいと思っていたので今日は為替の取り決めをしようと思っていたら、美雪さんから待って欲しいと言われた。どうやら昨日の最後に美雪さんはイギリスの経済事情についてロイズさんから聞き出しており、イギリスの貨幣価値が危うい状況にあると言い出したのだ。
「……国債を、無限に発行している?」
「造幣局が国の背負う借金の分だけ紙幣を刷り、国の借金が膨れ上がり続けているそうです」
「改変前の日本のような感じか?国の借金が増え続けているのであれば、確かに危ういかもな」
「ロイズさんは自国内での借金なので問題は無い、国債の額は20兆ポンドを超えたがいくらでも借金は出来る、と言ってます」
話を聞くと、既にイギリスは20兆ポンドの借金がある状態だと伝えられる。日本円にすれば3000兆円クラスと言われて、その額に驚く。デフォルトしそうなものだけど、しないということはインフレが起きず、物価自身は安定しているということになる。国債を発行して国債の返還をしているから、虚空から紙幣が生み出されている状態だと言っても良い。
流石にそんな状態のポンドを信用することは出来ないので、為替取引は色々と条件を付けないと難しそうだな。イギリス国内でハイパーインフレが起これば、この場で決められた為替レートは無意味になる。その認識だけ頭に入れて会談に臨んだ。
「現在のイギリスの国債は20兆ポンドです。しかし、これが例え1000兆ポンドでもイギリスは破綻しません、と言ってます」
「国の借金が15京円でも大丈夫、と言っては駄目なような気がするのだけど。紙幣を刷り続けたら全てが解決するとか思ってそう」
「ポンドは将来的に無価値となりそうですね。……『日本の円とイギリスのポンドは安定性が全く違うようです。為替を固定するのは無理です』」
愛華さんが翻訳して、俺が感想を言った上で仁美さんが返答をする。イギリスの経済状況は質問を重ねる度に異様さが理解出来て来たけど、日本も異様なのでどっちもどっちである。少なくとも、プロイセンやロシアのような兌換紙幣を使っている国とはかなり違う。
イギリスは今、国の信用を盾にして異次元なレベルの借金をしている。年間の予算が1兆ポンドしかないのに、20兆ポンドの借金は笑えるレベルを通り越しているだろう。しかも戦争に突入したことでさらに国債の発行は加速するはず。それでも国として成り立っているのは、イギリスは財政破綻をしないという信用があるからだ。
……イギリスの借金の額がこの5年で加速度的に増加しているのは、艦船の建造ペースを増やしたからだろう。機能満載であれば戦艦1隻でも高額になることは想像に難くないし、規模の大きい海軍は維持費も相応に必要となる。これらを全て、国債からお金を出しているのだから凄い状況だ。
借金の額にさえ目を瞑れば健全な財政を構築していると言っても良いのかもしれない。実際、公共事業が多いことから、確実に国のGDPは増加傾向だろう。しかし、際限の無い借金はいずれ破綻を迎える。もしかしたら、既に破綻している状態なのかもしれない。為替は変動制にした方が良いだろう。
というか、造幣局が国債を買ってその分紙幣を刷っているのは確実にヤバい気がするが、何でインフレが起こって無いのか分からない。紙幣の流通量的にハイパーインフレ待ったなし、という状態のはずなのだけど、どこかでお金や借金が詰まってそうだ。
為替は変動制にすることが決まり、目安は1ポンド100円となった。あくまでも目安であり、どちらかの貨幣で大きな価値の変動があればその通り為替へ反映することになる。あと、国債については色々と見直す必要がありそうだな。友好関係を構築していこうと思った国だけど、借金塗れなのに破綻しない理由とかは調べる必要はありそうだ。
……国家予算20年分の借金って、言葉にすると凄いインパクトだ。イギリスの財政が破綻するタイミングを見極めることが出来れば、色々と活用することが出来そうだな。




