第228話 不平等
ロイズさんとの会談2日目は、国教の認識についての話し合いとなった。日本教は、宗教の本音を突くいやらしい宗教だ。だからこそ日本教は日本国内での宗教戦争に勝ち残ったし、他宗教は信者が支えきれなくなって瓦解した。
「何度も言うようだけど、天国も地獄もただの妄想だと日本人は思っている。キリスト教における悪魔はより人々の不安を煽る設定でしかないし、その妄想に縋るしかない人達を否定する気もない。勝手に縋ってろ、というスタンスだから他宗教の教徒を迫害とかはしないよ」
天国も地獄も妄想だという俺を、見下げるロイズさん達。そしてそんなロイズさんご一行を見下す美雪さんと仁美さんと俺。他宗教の信徒を迫害しないだけで日本教が如何に素晴らしいか、分かって無い様子。熱心なキリスト教徒に日本教を分からせるつもりも無いけど。
わりと本格的に怒っているロイズさんを見て、顔に色々と感情を出す外交官は任命しないようにしようと決意する。怒っているのも演技かもしれないけど、キリスト教の素晴らしさやイエス=キリストの凄さを必死になって述べるロイズさんを、作り笑顔で眺める日本勢という状況がシュール過ぎる。
日本教はキリスト教からの改宗も待ってるし、キリスト教への改宗も止めない素晴らしい宗教だよ、とロイズさんに言っているのにイマイチ皮肉が通じてない。この人は本当に自由を愛する人格者なのだろうか?
延々と平行線を辿る議論は不毛なので、お互いに本音をぶつけ合った後は、今大戦の落としどころについても話し合いを行う。イギリスは過去に北アメリカ大陸の覇権を争ってフラコミュと戦争をしていたけど、今回の戦争で北アメリカ大陸を日本が制圧しても文句を言わないか、確認はしておく必要がある。文句を言っても聞き入れないつもりだけど。
「……フラコミュを北アメリカ大陸から追い出せるようなら、文句を言える立場ではない。イギリスとしてはスエズ運河の安全確保のためにヒジャーズ王国の解体、併合を行いたい、と言ってます」
「ヒジャーズ王国は、アラビア半島にあるオスマン帝国の傀儡国家だったか。オスマンが本腰入れて反抗し始めたら、戦線が増えて面倒になりそうだな」
捕らぬ狸の皮算用とは言うが、戦勝時の取り決めは大事だ。戦いが終わった後の火種にもなるし、早い内に配分を決めてしまえば後が楽になる。イギリスはアラビア半島を確保したいようなので、イギリス軍が占領してしまえばプロイセンもロシアも文句は言わないだろうと言っておいた。
アラビア半島全域を確保しようとするならロシア辺りは文句を良いそうだけど、ヒジャーズ王国の領土だけなら何とかなりそうな気もする。そのヒジャーズ王国がアラビア半島でどのぐらいの大きさなのか、イマイチ把握は出来ていないが。
……イギリスの目的はインドへのルート確保もそうだけど、アラビア半島の石油が欲しいのだと思う。中東地域の中でもアラビア半島の石油の産出量はかなり多かったはず。世界最大の油田は、サウジアラビアにあったはずだからわりと強欲である。北米大陸が欲しいと言う日本が1番強欲だし、国が強欲じゃ無かったら滅びるとは思っているけど。
とりあえず戦争の方では前向きに協力が出来るだろうけど、宗教観の違いはどうしようもないし、日本の社会体制の理解が難しいのは仕方ない。国が国民をランク付けして同ランクの男女のお見合いを多く行なっていることとか、子供の数を制限していることはドン引きされたし。
別に同ランクでしか結婚出来ないという制約があるわけではないし、子供の数も基本的に1組の夫婦で2人まではよっぽどじゃない限り認められている。このことを伝えたらロイズさんはホッとしていたが、一夫多妻制が基本なことを伝えるとまたフリーズ。
むしろ優秀な男には重婚を推奨して、国が女性の用意すらしていると言ったらどういう反応になったのか気になるな。今の日本の文化は傍から見ればヤバい、ということが再認識出来る。国全体からすれば、超が付くほど効率的ではあるのだけど。
会談2日目は妊娠祝い金と出産祝い金が別々に存在することを日本側が伝え、イギリスでは納税の額で投票権が増えるということを伝えられたところで終わった。イギリスは民主主義とは言うけど、資本家が強い権力を持っている感じかな。あくまで納税額で増える投票権は1人3票までだけど、少し意外なシステムだ。
何だかんだ言って、不平等なところは残っているのだろう。女性の社会進出を推進させたところから分かるけど、ロイズさんは平等主義者でもある。どの観点から見て平等と言うかで、平等主義者も分類出来るけど、ロイズさんは説得するのが面倒そうなタイプの人間だ。
納税額が違うのに投票権が同じ1票ということを、おかしいと思うか妥当と思うかは個人の価値観で分かれるものだと思っている。当然ロイズさんは、1人1票派だ。随分と下々の人間から支持されているとは思っていたけど、理由はちゃんとあったのか。
「投票自体も一票の格差や選挙区域の選別のせいで、平等性か高いかと言われたら微妙としか答えられないな。というか新聞社にコネがあるみたいだし、ロイズさんの周囲は腐敗の温床になってそう」
「……イギリスには告発制度が無いみたいですが、民主政治では悪い事をしても暴かれないのでしょうか?」
「プロイセンの政治犯2人は暴かれたでしょ。オーストリアの税金をプロイセンに横流ししてたって。でも、氷山の一角だろうな。利権で犯罪を揉み消すのは、凄く楽だと思うよ。特に情報の発信源を握っている人間を裁くのは、社会全体の透明度が高くないと難しい」
告発制度が確立された日本では、如何に社会が腐敗しやすいかを理解している。だから透明性を極限にまで上げているし、弱者の権利としての告発がある。アホみたいな告発も多いし、虚偽の告発が未だにあることは問題点だけど、腐敗する民主政治よりマシだと思うようになった。
結局、今回の会談はお互いの国をよく知ることだけで終わりそうだ。まあ、外交なんてそんなものか。




