閑話⑨ 英国艦隊(西暦2022年7月4日)
大英帝国、イギリスの中枢には2人の女性がいた。1人は女性の地位向上を訴え続けながらも、様々な社会福祉を実現させたロイズで、もう1人はロイズのお陰で海軍大臣にまで登り詰めたエミリーだ。男女平等を推進した結果、イギリスは選挙の立候補者で男性と女性の数が同数となるようにしなければいけなくなり、そのお陰か議員の女性比率は3割近くまで上昇した。
当然、立候補者での男女同数を求めたのはロイズであり、女性議員はロイズに心酔している。当のロイズは現在、外務大臣としての地位を利用して日本との関係改善を目論んでいた。日本軍により再びインドが脅かされる可能性も残っていたから、相互不可侵条約を結べたのはロイズの功績の1つとなるだろう。
フランス=コミューンはベルギーに侵攻し、ベルギー王室は早々にロンドンへ亡命をした。日に日に戦況は悪化していき、プロイセンとイギリスを結ぶ海底ケーブルはスカンディナヴィア艦隊により切断されてしまう。そんな中、ケルト海海戦で旗艦クイーン・エリザベスが沈んだせいか、海軍大臣であるエミリーの顔はやつれていた。
「ねえ、辞表書いて良い?」
「駄目に決まってるじゃない!今あなたがいなくなったら、私は1人になるのよ!?」
イギリス議会は当初、戦争に介入するか否かで揉めていた。簡単に、結論を出せるはずも無かった。そんな雰囲気を一蹴したのはロイズであり、またエミリーも英国艦隊の再建の完了を議場で伝え、開戦するべきだと訴えている。大英帝国の悪夢とまで言われたリスボン沖海戦から5年という月日は、英国艦隊の再建には十分な時間だった。フラコミュ艦隊には、もう負けないはずだった。
しかしエミリーは特に国費を注ぎ込んだ戦艦であるクイーンエリザベスを沈めてしまったことに関して、自分を責める機会が多くなった。夜戦を挟んで3回あった海戦では、艦隊が復活したのにも関わらず終始押されてすらいた。
「潜水艦の警戒を怠ったムール提督が悪いのよ。あなたが悪いわけじゃ無い」
「……そのムール提督に、艦隊を率いさせたのは私よ」
今回の海戦でイギリス側は戦艦が2隻沈んでいるが、どちらも原因はフラコミュの潜水艦である。最新鋭の戦艦であるクイーンエリザベスには不幸にも魚雷が2発、同一箇所に当たって大穴が開いてしまったために、航行が出来なくなってしまった。そこにフラコミュの戦艦群が集中砲火を浴びせたから轟沈したと、この2人は認識している。
「フラコミュの艦隊の多くは、クイーンエリザベスに搭載していたよりも大きな砲を搭載していたそうなの。15インチ砲よりも、大きな砲よ」
「戦艦は主砲の大きさで価値が決まるわけじゃないわ。如何に機能を多くするか、その方向で設計したクイーンエリザベス級は、きっと間違いじゃない」
エミリーの言う通り、クイーンエリザベスには15インチ砲(38.1センチ砲)が搭載されていた。しかしフラコミュの最新鋭の戦艦には、16インチ砲(41センチ砲)が搭載されている。リスボン沖海戦の時から、イギリスの艦船技術は向上したが、フラコミュの艦船技術も向上していた。5年間という時間で、フラコミュはイギリスよりも1つ上の段階に到達していた。
英国艦隊は巡洋艦や駆逐艦も数多く沈んだが、それはフラコミュの戦艦群の砲撃数が多かったからだ。フラコミュの戦艦には16インチ砲の主砲に加え、12インチ砲(30.5センチ砲)が4基と8インチ砲(20.3センチ砲)が8基も搭載されている。多くの砲を積んだフラコミュの戦艦群は、シンプルに強かった。
エミリーは既に、開戦したことを後悔すらしていた。再建した艦隊は、数年前の艦隊より一回り以上強くなっていたから、エミリーは開戦派としてロイズを支えていた。その理由としていた英国艦隊は艦隊決戦でフラコミュ艦隊の良い様にやられたため、どうしようもない現実がエミリーに襲い掛かっている。
「まだ、戦争に負けたわけじゃないわ。制海権を喪失しているわけじゃないから、プロイセンに陸軍を輸送することは出来るし、艦隊決戦だけが海の仕事じゃないの」
「……うん」
「クイーンエリザベス級の戦艦2隻が、就航を待っている。まだ英国艦隊の戦艦群は戦える」
「うん」
エミリーを酒の席に連れて行ったロイズは、そこでエミリーの愚痴を聞きながらわだかまりを解消していく。最近になって自信まで失っていたように見えたエミリーが、元気になったことを確認してからロイズは家まで送った。
「……ああ、そうだ。私、これから日本まで行ってこの戦争に対する動向を確認してくるから。その間は、女性議員のリーダーをお願いね?」
「え、ええぇ……」
「大丈夫、あなたなら出来るから」
「あの人達、煽てて失敗させることしか能がないじゃないの。そのお陰で、海軍大臣のポストは空いたけど」
別れ際に、ロイズはエミリーに日本へ行く意思を伝えた。プロイセンを仲介しての文通によって日本とイギリスは徐々に関係を持つようになり、相互不可侵条約の締結までこぎ着けている。もちろん、その約束を信用しているわけではない。だからこそ、日本を直接見て知ろうとロイズはしている。
この一月後。イギリス艦隊は現状出すことの出来る最大の戦力で、フラコミュの海軍基地として最大規模であるダンケルク軍港へ奇襲を仕掛けた。ロイズ不在の中で、海軍では艦隊決戦を望む声が大きくなってしまい、エミリーはそれを抑えることが出来なかったのだ。
そしてこの奇襲は、イギリスとフラコミュの今後を変えることになった。
※極東の島国ではフラコミュの戦艦群に15センチ砲が2基、7.5センチ砲が4基の駆逐艦以上巡洋艦未満を並べて挑もうとしています。




