第18話 防衛計画
朝食を食べ終え、身なりを整え終わったら、予算会議が行われるという豊森家の別邸へと向かった。
「……駅から徒歩5分の別邸ってことは、あれか」
「そうです。遠方から来る人も多いため、より駅に近い建物で行われるようになりました」
別邸は豊森家の本邸から駅を挟んで反対側にあり、歩いて20分程度で到着した。周りより若干背の高い建物で、大きな建物だけど、国の予算を決める場所と言われたら小さく感じる。当然のように平屋だし。
正面の大きな扉を開くと長い廊下になっており、左右には警備の人が並んでいた。奥の扉を開くと、扇形に席が並ぶ講堂っぽい会議部屋が目に入り、壇上の前にある左右の通路からは人が出たり入ったりを繰り返している様子が窺えた。どうやら予算会議とやらはまだ始まってないようで、大量の紙を持った人が右往左往している。
「この中に、軍の関係者とかいる?」
「あちらの奥にいる方が陸軍元帥の豊森 将寛様です。あ、今右側の通路へ移動しようとしていますね」
「あのハゲの人?」
「……その、頭頂部の髪の毛が薄い人です」
少し戦術面での話をしておきたかったので、この中に軍の関係者がいるか愛華さんに聞いてみたら元帥の人がいた。元帥は名誉職のようなものらしいけど、見た感じ発言力がありそうだから接触してみる。
愛華さんに将寛さんのことを聞きながら、将寛さんが入った控え室のような部屋に入ると、将寛さんは驚いたような顔で出迎えてくれた。
「初めてお目にかかります、豊森将寛です」
「はじめまして、とは言うけど、初日に会っていたよね?」
「初日が秀則様の目覚めた日を指すのであれば、確かにその日、その場に私はいました」
将寛さんは近くで見ると身体が大きくて少し強面な人だ。豊森家に強面な人が多いのは、俺のせいなのかな?美雪さんの叔父なので、恐らく50歳前後だろう。その年齢で陸軍の元帥ってことは、優秀な人なんだと思う。豊森家の主家筋に近いから、という理由もあるだろうけど。
「今日来たのは、1つやっておいて欲しいことがあるからなんだ。
……更なる軍縮とかじゃないから不安そうな顔は止めて?」
「えっ。いえ、失礼しました」
「見た目的には餓鬼なんだからそこまで改まる必要は無いよ。
やって欲しいことは防衛計画、防勢作戦の考案だけ」
「防衛計画、ですか。イギリスとの戦争に向けてですか?」
「……うん?そうだけど?」
そんな陸軍の元帥でもあり参謀総長でもあるという将寛さんに軍縮後の軍での遅滞戦術や防勢作戦について考えて貰うことにした。インパール会戦の時も、対応が遅かったから被害が大きかったというか、そもそも防勢作戦が無かったという恐怖。
流石にインパール会戦の時から15年以上も経っているし、本気のイギリス軍と正面衝突した時の戦争計画ぐらいあるだろうと昨日の夜に調べたら、攻勢計画しか無かったから肝が冷えた。仁美さんもそのことに違和感が無かったようなので、防御という概念が頭から吹き飛んでいる人が相当数いるということだ。
「攻勢計画が何個もあること自体は良いんだけどね。流石に防衛計画がほとんどない現状は不味いから」
「どの程度の、防衛計画を作製すれば良いのでしょうか?」
「んー、カナダ方面とインド方面からイギリスの100万規模の大軍が同時に侵攻して来た時、初撃を防ぐレベルの計画。そのための防衛戦術も考えておいて」
「それは……」
とりあえず大軍で攻め寄せて来た時に、大軍を集めて押し返すという戦略しかない現状を変える必要がある。本当は戦術面の話など当分したく無かったが、軍縮をするのに防衛計画が無いのは不味い。また、軍縮後の軍規模でも防衛が出来るように要塞線の概念は伝えておいた。戦国時代にいた時は要塞線なんて作らなかったし、そもそも攻めてばかりだったから防御時の未来知識を披露することがあまり無かったのだ。守勢時も可能な限り攻勢に出てたし……やっぱり俺のせいか。
……数百年間もだらだらと他国と戦争しているのに誰か防御の重要性に思い至らなかったのか、と言いたいけど日本が劣勢になったのは数十年ぐらい前からだろうし、陣地防御の概念はあったからまだ良い方か。攻勢計画も第一次世界大戦時のドイツのシュリーフェン・プランのような進軍予定表、では無くて実際の戦闘を想定して被害予測や進軍速度を計算しているだけマシだと思いたい。
「あと、セイロン島の要塞化をしたいと思ってる」
「セイロン島は既にほぼ全ての海岸に対して砲台を配置していますし、配備している師団の数も多いのでそう簡単に上陸されることは」
「いや、それでも上陸されると考えて、あらかじめ上陸されそうな地点に照準を合わせた砲台とかを内陸部に設置して?」
「……かしこまりました」
後は、セイロン島の要塞化を推し進める。インドを保有するイギリスにとって、インドのすぐ南東にあるセイロン島を日本が保持していることは非常に嫌なはずだ。はっきり言ってしまうと、日本が維持できている現状がおかしい。
流石にセイロン島に関しては戦略的にも重要な拠点であることを認知しているのか、海岸には砲台を設置しているみたいだけど、全然意識が足りていないだろう。実際にセイロン島の防衛計画はあってないようなものだった。
「イギリスにとってセイロン島は喉元に突きつけられたナイフだから、早々に奪還したいと今まで思っていたはずだよ。実際に昔、何度も攻められてるし」
「では、防衛計画の考案とセイロン島の要塞化、を早々に行いたいと思います。他に、陸軍に対して何か言っておきたいことはございますか?」
「あと……列車砲?」
「列車砲?」
「セイロン島からインドまでの距離なら列車砲も使えそうだから開発しておいて。後で構造は伝えるから」
最後に列車砲という単語だけ伝えてさっさと部屋を出る。長居していると邪魔になる気がしてきたからだ。会話している間にも書類が机の上に積み上がり続けていたから、きっと将寛さんは忙しい人なのだろう。
……陸軍元帥が忙しいって、もしかしてしなくても俺の出した軍縮のせいかな?もしそうだとしたら、ごめんなさいとしか言えない。