第216.5話 師団司令部
師団には司令部が存在し、そこには参謀と呼ばれる人達が集う。師団の司令官が少将であれば、師団の司令部に勤める参謀達の階級は基本的に大佐、中佐、少佐、大尉となる。プロイセンの師団司令部、その本部にある参謀部には通常、佐官2名と尉官2名が在籍し、全員が積極的に意見を出す。
そんなプロイセン軍の第11歩兵師団司令部の参謀部に留学生の今川忠治は配属された。状況を把握した今川はスカンディナヴィア軍の後方連絡線を断つべくスカンディナヴィア領の都市、コリングへと進軍すべきだと提案する。まだ各国の動員が終了していない中、プロイセンの対スカンディナヴィア軍だけがいち早く動員のほとんどを完了したためだ。
「もう動ける師団というものを、遊ばせる余裕はプロイセンに無いはずです。いち早く敵軍の集結点となるコリングへと侵攻し、軍事施設と通信設備を破壊してから撤退をしましょう」
「待て、何故コリングが集結点であると分かる。諜報部でもまだ掴んでないような情報だぞ」
「地形を見れば、街がどういう機能を果たしているかぐらい軍人なら分かるでしょう?通信設備も、スカンディナヴィアの領土を見れば重点的に配備する地点は分かるはずです」
「……そもそも、我々の第一目標は領土の死守だ。忠治中尉の意見は司令官に伝えておくが、期待はするなよ」
この進言は、当初参謀部には受け入れられなかった。侵攻して来る軍に対してどう対応するか悩んでいる最中に、攻撃しようと言い出した今川のことを鬱陶しいとすら感じていた。しかし第11歩兵師団の司令官が今川の進言を受け入れ、第2軍の司令官と参謀長もスカンディナヴィア領の後方を荒らす作戦案を採用した。
元々、プロイセン軍人が留学生達の中でも飛び抜けて優れている2人組の片割れとして評価しており、プロイセンの参謀本部から今川は常に監視されている。日本軍人の思考傾向を把握するために、今川の発言内容には第2軍に所属する士官達が注目していた。
そして3日後。キール軍港にある領海管理局の情報部に配属された豊森 明佳は、同じくキール軍港の通信部に配属された豊森 香保子から事の顛末を聞く。
「第2軍のコリングへの急襲は成功したわ。到着後、僅か半日でコリングの軍事施設を軒並み破壊したそうだけど、誰の入れ知恵かしらね?」
「間違いなく、忠治の仕業だろう。後方での攪乱が大好きなやつだからな。あいつほど、敵軍の後方で戦線構築することに長けた人間はいない。脱出するところまで計算に入れて、作戦を実行するしな」
「……既に国境付近で敵軍の戦線の構築が始まっている中、敵の後方の拠点を簡単に攻撃できる状況って、そう多くは無いはずなのだけど」
「それは、プロイセン軍の進軍速度が早いからだ。敵領土内にある鉄道の利用もしているし、敵の想定以上に侵攻速度は早いはずだ」
通信部というだけあって情報の入手が早い香保子は、明佳に入手した情報を全て伝える。後方に配属された日本人留学生の中では明佳が最も視野の広い人物だからだ。日本人留学生の中で飛び抜けて優秀な2人組の、もう片方でもある。
「ん?第4軍団の司令部を設置した場所は、忠治の意図的なものか?」
「いえ、それは分からないわ。急襲が成功したから前線をスカンディナヴィア領に形成すると、第2軍の司令官が方針転換を行ったそうよ」
「……忠治は、後方の師団へ方針転換の説明をするとか言って抜け出しそうだな」
「えっ?」
コリングへの侵攻を成功させ、気を大きくしたスカンディナヴィア戦線の司令官はフェン島への足掛かりとしてコリングの保守を行おうとする。そんな第11歩兵師団が所属する第4軍団の司令部の置かれた位置を見て、明佳は全てを察した。
「急報です!第4軍団の司令部に砲弾が直撃!多くの怪我人が出たようで、士官の死者も出たそうです!」
「……あら?忠治君死んじゃったの?」
「いえ、忠治中尉は一時的に後方の第2予備軍団へ方針転換の説明を行っているため、生死は不明とのことです」
直後、第2軍を構成する第4軍団の司令部に砲弾が直撃したという情報が入って来る。第4軍団に所属していた第11歩兵師団の司令官と参謀達に死者は出なかったが、多くは重傷を負った。
作戦目的は後方の錯乱だけに済ませるべきだったという今川の意見は正しく、欲張った第2軍司令官、参謀長のミスである。今川は第4軍団が設置した司令部の位置を後方に移すべきだとも主張していたが、今度は聞き入れられなかったために後方の師団へ避難していた。
結果的に開戦から数日の戦果として、第2軍はスカンディナヴィアの暗号表の奪取や鉄道網の破壊という一定の戦果を出した。しかし第4軍団の司令部に砲撃が当たったことで第4軍団に所属する師団の多くは混乱した。
そんな中で、1人難を逃れていた今川は撤退戦に注力し、第4軍団をほぼ無傷で国境地帯まで撤退させる。元々プロイセンでは士官不足だったために師団や軍団を構成するにはギリギリの数だった士官が、今回の司令部直撃によって極限までに減ったために、今川は代理で指揮を取れた。
その撤退戦で今川は細かく分けた中隊、小隊レベルでの戦闘を全て脳内でシミュレートさせ、数々の工夫を施して活路を見出した。今川自身も小銃で敵兵に向かって発砲し、最終的に半包囲された状態から脱出した。今川はこの戦いでの功績を称えられ、一級鉄十字章を与えられる。今までに累計で2000人にしか与えられてない勲章だと聞いて、今川は素直に喜んだ。
「……今回の戦いは、どこまで忠治の筋書き通りなんだろうな?」
「少なくとも、栄一郎を出し抜いた時よりは適当な筋書きだったとは思うけどね。
栄一郎がフラコミュ戦線に行くことになった時の絶望顔、中々に愉快だったから今でも笑えるわ」
「そんなことをしてたのか。ああ、だから栄一郎は……。
まあ、どっちもどっちだな」
その光景を尻目に、明佳と香保子は淡々と裏方の作業をこなす。フラコミュ戦線に赴いた、中隊長となった栄一郎の心配をしながら。
※一級鉄十字章はこの後、20万人以上の将兵に授与される予定の勲章です。




