第214話 艦長招集
7月末の開戦に向けて戦闘計画の最終確認をしていく段階となった6月20日。俺は清洲にある軍港まで移動して、出航する艦隊の艦長達へ声掛けをすることになった。
……こういう時に、語り掛けるのは苦手な方だ。というか、得意なやつは少ないだろう。戦国時代に軍団を率いていた時も、戦前の声掛けは何回やっても慣れないのでいつも緊張していた。何回かは、部下に任せたこともあったな。大きな声を出すこと自体、得意とは言えないし。
この声掛けが、戦争においてとても大事なことはよく知っている。士気の向上や軍規の確認など、多くの役割を含められることも理解している。だからまあ、俺がやらざるを得ないのなら、やるしかない。
「今から君達64人の艦長と680人の士官は、長い航海を経て向こうの大陸の艦隊と戦うことになる。その時に日頃の訓練の成果を、遺憾無く発揮できればそれでいい。そうすれば、間違いなく勝てると断言しよう。
1つ、伝えておきたいことがある。船が沈みそうになった時には、真っ先に君達が退船しろ。君達の死を、私は望まない。船を沈めたという罪悪感があるなら、船と供に沈もうとするのではなく、生き残って経験を後代に伝えることで、贖罪しろということだ。
君達の命を、君達の判断で、勝手に捨てるという行為を私は禁ずる。大日本帝国とフランス=コミューンは、お互いに勝つまで戦争を続けるのだ。戦闘以外で、助かる可能性のある士官を死なせるわけにはいかない。君達はこの戦争で生き残り、そして戦後の海軍の中核を担うことを目標に、各員奮闘せよ」
そして始めた短い声掛けは、さらに短く要約すると「命を大事にしよう」という内容になった。下書きしても壇上に立てば見れなくなるので、半分ぐらいは丸暗記で頭に入れて、残りの半分はアドリブだ。
……壇上に立ってお声掛けをして下さい、と言われたのもついさっきのことだしな。原稿は用意されていたけど、覚えるよりも自分で考えた方が早いと判断した。なので原稿を見ながら話す内容を書き、ある程度まとまったところで壇上に立った。今の日本の軍人の中でもトップクラスのエリート達だから、目線で貫かれそうな錯覚を覚える。
語られた士官の人達から、どう思われたのかは分からない。しかし壇上を降りる時に大きな拍手を送られたことから、不味いことは言ってないと思いたい。
優秀な士官は、本当に貴重だ。特に海軍の士官は中年層がごっそりと消えているので、この戦争で経験を積んで上層部として活躍して欲しいというのが本音。上層部も実戦経験は無いよりあった方が良いから戦地に送り込むわけだけど、なるべく若い士官は艦隊の後方に配置するようにもした。
命を大事にしよう、とか言っているやつが戦争を望んでいるのは、ある意味で凄い矛盾なのかもしれない。……フラコミュ戦での犠牲者は、何十万人になるのかな?数十万人で、納まってくれると嬉しいな。
本土で戦争をしている時に植民地を掻っ攫う、横取りみたいな形の戦争にはなるけど、それでもフラコミュは数十万人という規模の軍隊を北アメリカ大陸に置いているだろう。フラコミュの工業化が進んでいれば、戦争が長引くにつれてフラコミュ軍の規模が拡大する可能性もある。
艦隊決戦はどうなるのか読めないが、フラコミュが戦艦を大量に繰り出して来ても、そう簡単には負けないはず。数の暴力は、海戦において最も強い場合がある。問題は敵艦の魚雷での攻撃だけど、無闇に接近しないで遠距離戦闘を中心に戦うことになるだろう。前の海戦の反省を活かして、砲撃戦で競り勝って欲しい。
そもそも話だけど、魚雷が当たる距離なら砲撃も当たる。射程が10キロの魚雷が向こうで開発されているのかは微妙だとオーレリーさんが語っていたが、砲撃の射程は10キロを超える。艦艇同士の距離を考慮して戦うことが重要だと結論付けた海軍上層部の判断が、間違っていないことを祈ろう。
というか無闇に接近する危険性について今まで考えなかったことが近年の海戦の敗北に繋がっていたので、ようやく一歩前進した気分。魚雷の開発の方は、終わりそうも無い。一応射程が1キロ程度の魚雷なら完成したけど、命中率の低さと射程の短さが致命的過ぎる。
本当に酸素魚雷とか、名前だけでは無くて構造も知っておきたかった。酸素魚雷は凄く高価とか、酸素魚雷は命中率も良いとか、実際には使えない無駄知識ばかりが頭の中に入っているから開発の際に具体的な指示は出せない。
……至近距離でも敵艦に回避行動を取られたら当たらないとか、現在の魚雷はわりとどうしようもない状況だ。遠い敵でも狙える魚雷、というものが開発されるのはいつの日だろうか。
魚雷の開発は引き続き行なっていくけど、まだまだ夜戦でも使えないレベルなので船に搭載する予定は無い。結局、海軍関係の技術革新があったのは内燃機関だけか。それだけでも進歩があることを喜ぶべきだけど、もう少し色々と手を加えたかった。
「……設計中の軽空母は、飛行機が10機は搭載できるようにしてくれる?偵察させて、飛行機自体は海に捨てようと思う。勿体無いから回収は出来るようにしたいけど、難しいかな?」
「いえ、海に落ちた機体の回収だけならさほど難しくないと思います。飛行機のパイロットの脱出訓練も行ってると聞きますし、秀則さんの思惑通りの運用は出来ると思いますよ」
実は駆逐艦の建造と共に、一隻だけ軽空母と呼べるかも怪しい船は建造しようとしている。たった5機の飛行機を搭載、偵察用として活用するために建造を開始したけど、10機は搭載出来るように大型化を命じた。一応軽空母、かな?砲撃は放棄しているし、偵察用だけとはいえ飛行機しか積んでいないからコストは予想より低かった。
彩花さんは飛行機からの脱出訓練をしていると言ったけど、飛行機は1機当たりのコストを抑えても未だに高価なので、そんなに多くの脱出訓練は行なってない。飛行機を乗り捨てるわけだから、1回の訓練で結構なお金が飛ぶ。その内、シミュレーションでの訓練だけになりそうだな。
……シミュレーションだけだと不安になるけど、訓練に実機を使い続けるのは流石に勿体無い。しかし船に飛行機を着陸させるためには、飛行機の性能向上と専門性の高いパイロットの育成も必要になってくる。海へ着水出来るようにすることも、考えておくか。
本当に、空母が金食い虫だということが実感させられる。プロイセンが潜水艦でスカンディナヴィアの戦艦を沈めたという報告も聞いたし、潜水艦に重点を置くべきか凄く迷うな。




