第17話 自由予算
元の時間に戻って13話からの続きとなります。
ベッドの上で目を覚ますと、仁美さんの姿が無かった。
「……仁美さんがいねぇ」
昨日、同じベッドの中に入って確実に俺の方が先に寝たのに、仁美さんが先に起きていることに驚きながらもベッドから降りる。すぐそばにいた凛香さんに朝食の準備をお願いし、用意されていた服に着替えた。
いつもは緩い高級そうな服なのに、今日はスーツのような黒のかっちりとした服だ。リビングというか、食堂のような広い場所に行くと木下さんが既に起きていた。
「お、おはようございます」
「おはよう。いつも起きるの早いの?」
「はい。島津さんも加藤さんも朝に弱いので、今までは朝食を私が作っていたんです」
「……朝に弱いのに漁師って、よく今まで働けていたな」
木下さんも用意されていた服に着替えたのだろう。昨日の田舎娘全開なスタイルから、蒼くて長いスカートと学校の制服のような白い服を着た、どこぞのお嬢様っぽい格好になっていた。昨日の印象が強すぎて似合ってない、ということは伝えないでおく。
「これ、食べても良いんですよね?」
「良いよ。一々許可を取らなくても誰も怒らないから、この屋敷では自由に過ごして良いよ」
「……では、いただきます」
豊森家では食事を一緒に取る、ということを基本的にしない。これも俺のせいだけど、問題は無さそうだから口出しはしなくても良いか。寂しい気もするけど、忙しくなると食事の時間を合わせるということが大変だから、仕方のないことだ。
……俺が寝坊しただけで家族全員の食事の時間が遅れるのは非効率的だ、って戦国時代の時に言ってなかったら、この世界ではどうなっていたのか想像もできない。
「味噌汁もお肉もとっても美味しいです」
「好きなだけ食って良いぞ。大飯食らいの親衛隊が全員食べてもまだ余るぐらいの量を作ってるし」
「……私達、あまり食べてない」
「凛香さんは毒見と言いつつ半分ぐらい俺の分を食べるじゃん。その後で普通に1人前の量を食べてるし」
木下さんの前に並ぶ今日の朝食は、ご飯と豆腐の味噌汁にベーコンとほうれん草のソテー。あとは漬物と焼き海苔が用意されている。改変後の世界に来てから肉を食べる時にいつも思うけど、肉食の文化を広めておいて本当に良かった。特に牛肉、豚肉は凄く美味しく感じるし、食文化は進んでいる方だろう。お肉が美味しい理由はもう想像が出来るから聞かないでおく。
そんなことを思っていたら、2人前の量が乗っている皿が俺の前に運ばれてきた。その半分ぐらいが凛香さんの胃の中に納まるのを眺めつつ、愛華さんに仁美さんの行方を尋ねる。
「仁美さんは何処に行ってるのかわかる?」
「仁美様は本日、3月16日から3月31日まで行われる来年度予算の話し合いのため、豊森家の別邸へと向かわれました」
「……あれ、じゃあ俺は置いて行かれたの?」
「いえ。秀則様はいつ参加されても大丈夫ですし、初日の今日は地方から集められた計画書に目を通すだけですので……」
今日から豊森家内で予算会議があるそうで、仁美さんはここから少し離れた別邸に行ったそうだ。日本の行く末を決めると言っても過言では無い会議なので、豊森家の重鎮達が一同に会すると思って良いだろう。それに大したことをしない初日だから、という理由で呼ばれないのはどうなのだろう?
「そう言えば、俺が使って良いお金とか具体的にどのぐらいあるの?」
「秀則様はお金の事などお気になさらずに、指示を出し」
「具体的にどれくらいあるの?」
「……少々お待ちください」
具体的な指示としてハンググライダーの開発や石油の調査という指示を出したけど、実際に俺が自由に使えるお金はどれぐらいあるのだろう、と思って愛華さんに聞いてみると、愛華さんは手帳のような本を見ながら難しい顔で考えたあと、一枚の紙に数字を書いた。
「およそ、このぐらいです」
「ぇえ……」
その紙には、14桁の数字が書いてあった。
「……これ、来年度の予算案次第で増えたり減ったりすることはある?」
「減ることはございませんが、増える可能性はあります」
「増える可能性は、何割ぐらい?」
「……9割以上です」
そしてこの数字は今行われているという予算会議で増えるそうなので、俺も顔を出そうか迷う。知っている人が仁美さんしかいない会議とか超行き辛いけど、流石に看過できない。というか1人の人間が14兆円も持ってて良いのだろうか?何か問題が起きそうで怖いんだけど。
「……いや、俺が指示を出したらこの予算が使われるのか」
「はい。このお金は秀則様に一任されたお金です。この国の数年分の自由予算だと思ってお使い下さい」
「そう言われても今年度の具体的な予算編成を知らないと重複する可能性もあるし、今すぐは難しいよ」
数年分の国の自由予算をそのまま使えるとか言われて、あらためて世界から異常な重圧を感じた気がする。というか数年分の自由予算がそのまま残っているってことは、この数年間は日本に対して一切の投資が無かったということで……。
「……今日も美味しい」
「この毒見、意味ある?」
「一応味の吟味という意味もありますので、無意味では無いです」
料理を作るのも料理を運ぶのも親衛隊の人なのに、この毒見に意味はあるのか?と愛華さんに聞くと、味見という意味もあるとのこと。凛香さんの毒見という名の味見が終わってから、俺はようやく朝食を食べることが出来るが、当然味噌汁は温くなっており、とても美味しかった。
……冷めても美味しいとか、本当に食文化は進歩してるな。