第201話 当主と領主
2021年9月14日、豊森家の予算会議が始まった。この会議のために9月上旬から中旬にかけて各部署が大忙しになるのだが、通算4回目の参加になる俺は、2度目となる正当な告発を経験した。
監査役の人が、堂々と会議中に告発を行ったのだ。確か俺が初めて豊森家の予算会議に参加した時、見かけた顔の人だな。当時、初参加ということで不慣れな雰囲気があり、仁美さんや周りの人間に色々と突っ込まれて涙目になっていた人だ。そんな人が、今回は予算会議の口火を切った。告発は基本的にいつでもOKなスタンスだけど、今回は時と場合が凄い。何せ、予算会議中の告発で、告発対象は隣にいる領主だ。
同じ豊森家同士の告発を体験するのもこれで2度目になる。1度目はロシアから贈られた金貨の横領で、2度目となる今回は報告書の偽造。当然、詳しく事情を調べるために彼らは別室行きとなった。決定的な証拠を告発した側は持っていたようなので、言い逃れは難しいと思うけど、例え持って無くても告発が起きた時点で徹底的な取り調べが行われるために、白黒ははっきりとする。
そして珍しいことがあったなと一瞬ざわついたが、すぐに会議は再開されて次々と領主達が半年間の収支報告を行う。告発者を責めるような声は一切無い。それどころか、気丈な若者だという評価が為されている雰囲気だ。監査役の告発は、それこそ数十年前は多発していたらしい。今ではそれも数少ないということなので、領主の中抜きは0になっているのだろう。
気持ち悪いぐらいに上手くいっている告発制度は、監査役のローテーションと犯罪への加担は悪という正義感によって成り立っている。監査役が不正を見逃したとして、次の監査役が発見してしまえば前任者や前々任者まで調査が及ぶので見逃すことも難しい。だから今回の告発も関係の無いところで2人ぐらい青ざめた顔をしていたが、あれは前年の監査役や一昨年の監査役を務めた人だろう。
見逃してしまえば自分も犯罪者になってしまうかもしれない。だから、監査役の人間は必死になって不正が行われてないか調べる。もしも不正を見つけることが出来れば、出世の可能性すらあるのだから必死だ。一方で領主の方は、不正になってないか、細心の注意を持って確認する。一昔前は誤魔化していたようだけど、たぶん誤魔化せなくなったのだと思う。
その後は淡々と報告や言い訳タイムが続いたので、言い訳を聞いて面白い考え方もあるものだと思いつつ、昼休憩を待つ。領主と監査役について聞きたいことがあったが、会議中は発言者以外、本当に静まり返っているから雑談なんて出来ない。
そして短い昼休憩中に、仁美さんと食事を取りながら監査役の立ち位置について聞く。
「監査役の人って、普段はどういう業務になるの?」
「普段は領主の仕事を手伝うこともありますので、秘書のような立ち位置ですね。計算が苦手な人は監査役まで出世出来ないので、監査役の人間は計算能力が高い人しかいませんよ」
「秘書になるのか。じゃあ、領主が仕事を多く任せなかったらどうする?」
「そういう時は不正を疑って、聞き込み調査や過去の報告書の粗探しから始まりますね」
監査役の仕事は不正がされてないかの確認と、領主の仕事の手伝いだ。能力的には経理に強い人が監査役に選ばれるそうで、徹底的なチェックが行われる。これは、自身が知らず知らずのうちに犯罪者となる可能性もあるから本当に徹底的なチェックが行われていると仁美さんは強調していた。
要するにお金を貰って不正のチェックを行っているのだから、不正の見逃しが起きれば職務怠慢となるのだ。もちろん領主が巧妙に騙していたならそれはそれで考慮もされるが、巧妙な手段では無かった場合は基本的に監査役の人の出世の道は途絶えると言っても良いだろう。えげつない管理体制だな。
領主の仕事は税の回収や領地開発が主なので、ここで不正や賄賂が横行していたら大変だということは理解出来る。一応、領主に軍の編成権は無い。隣国と接する一部領主には認められているが、基本的に領主は国家の手駒という感じだな。
今回の不正は領地開発の際に支払う給金が通常より高かったというもの。というか、重複している感じだな。その給金の払い先は領主の息子と叔父の団体なので、どう見てもアウトである。不正をした領主と、芋づる式に捕まった息子と叔父は、裁判で慎重に審議されることになる。どこまで思考が犯罪者よりだったかの調査も行われるそうだ。
……たぶんこの程度の不正、改変前の世界や外国では見逃されるのが普通なのだろう。多めに払って、回収する。そんなことは日常茶飯事のはずだ。それを見逃さないシステムが出来上がっているのは、素直に凄いと褒めたい。これは想像だけど、人間は堕落する生き物だということを念頭に置いてこの制度作りが行われている気がする。
人間は堕落する生き物だし、組織は腐敗するものだという前提で、制度で人間の組織を管理しなければならない、という思考に至って枠組みが作られているように感じる。管理社会になるまでの道のりは、決して平坦な道のりでは無かったはずだ。これは、俺が消えてからまた現れるまでの420年間に存在した豊森家の当主の中に、かなり優秀な人間がいた可能性が高いな。
それもおそらく、1人だけでは無いだろう。豊森家の当主の中に2人か3人は俺の想像を超えるレベルで優秀な人がいて、周囲の人間を説き伏せたに違いない。この説得が出来ていなければ、間違いなく日本は腐敗していた。
午後は国有企業の社長達が収支報告を行う。相変わらずの赤字経営だけど、改善の兆しが見え始めている。あまりにも酷い赤字事業は、予算が見直されるようになったからだろう。余剰の人員は人手の足りない企業に回しているし、全体的な意識の向上が垣間見える。
……それでも赤字は続いているけど、こればかりは仕方のないことなのか。税金での補填は、今回こそ最小限に抑えたい。
誤字報告をして下さる方々、毎回の報告ありがとうございます。投稿する前に音読して誤字脱字のチェックをしているのですが、それでもチェック漏れをしてしまっているのでとても助かっています。誤字報告は報告者IDしか分からないので、この場でお礼申し上げます。本当にありがとうございます。




