第14.5話 ハンググライダー研究所
時系列的には14話の後です。
滋賀に近い京都の町外れにある大きな建物の中に、その人物はいた。
「ねえ、ハンググライダーの飛行実験はどうだったの?」
「無事成功よ。どうせあなたのことだから、自分で飛んでみたりしたんでしょ?」
「それは当然だよ。秀則様に見て貰うのに、失敗作を出す訳にはいかないじゃないか」
ハンググライダーの開発を行っているハンググライダー研究所の所長となった、田中聡だ。頭は良いのに奇抜な言動を繰り返すため、今までは大した役職に就けていなかったが、飛行機開発の前段階であるハンググライダー開発の際に抜擢された人物だ。
「それで、秀則様は何て言ってた?」
「……安定性の向上、翼の改良の2点について言及されていたわよ。
量産化もね」
「量産化については問題無いね。加工しやすい部品を組み合わせるだけで出来るようにしてあるし、今すぐにでも量産体制に入れる。標準化の鬼と呼ばれた秀則様が量産化について言及しないわけがない、と思っていたよ」
「その異名、私以外の豊森家の人間が聞いていたらたぶん怒るわよ。そもそもそれ、あなたしか呼んで無いし」
そんな田中と話しているのはこの研究所の副所長、豊森 安香だ。秀則の親衛隊隊長である豊森凛香の妹に当たる人物でもある。姉妹の中で一番身体の小さな安香は陸軍士官学校を卒業し、出世街道を歩んでいたが、秀則による軍縮によって研究機関へ異動となった。
「それにしても、資金を潤沢に使えるというのは良いねえ」
「無駄遣い、してないでしょうね?」
「してないしてない!ちゃんと使った額を報告しないといけないし、君という厳しい監視の目があるのに誤魔化せる訳ないじゃないか」
秀則が一番気にしている飛行機開発に関わる研究には、過剰なまでの予算が投入されている。その結果、アレが欲しい、コレが欲しい、と言えばすぐに目的の物が研究所に運び込まれるような状態となった。現在、そんな状況のハンググライダー研究所がここを含めいくつか点在している。
「愛華さん、だっけ?親衛隊隊長のちょっと吊り目なこわーい人。小型の模型を作る時にお金を頂戴って言ったら、一桁間違えてるかのような大金をくれたんだけど、その時の目がもうね……」
「愛華さんは副隊長よ。体格も含めて怖いことには同意するわ。
……お金をこうもつぎ込まれると、つぎ込まれる側としては不安になるわよね。これで失敗したらって、思っちゃうし」
「失敗してたら僕の首が飛んで君がこの研究所のトップになったんじゃないの?」
「そんな判断を豊森家は下さないと思うし、いざとなったら私が庇うから大丈夫よ。……あなたの頭の良さは、それなりに認められているのよ?」
手で首を切る仕草をする田中を見て、私が庇うと言った直後、安香は少し頬を赤くしたが、それに気付かない田中は安香から渡された昨日のハンググライダーの初飛行についてのレポートを流し読みする。
「へえ。水面に向かって飛ばす、か。操縦者の安全を考えて……これ、ハンググライダーが駄目になるんじゃないか?」
「駄目になるでしょうね。秀則様は駄目になることを考慮して量産化するように言ったのだと思うけど」
「だとしても一機にどれだけのお金が……ああ!一機当たりの値段が秀則様に伝えられてないんじゃないか?安ければ確かに良い方法かもしれないけど、現状ではそこまで安くならないし、今からでも山や丘の上から飛ぶように進言出来ないか?」
「秀則様の決めたことを覆すことだから言い辛いけど……凛香経由で伝えてみるわ」
そのレポートの中に、これからは水面に向かって飛ぶ練習を行うという記述があり、田中は一瞬納得しかけたが、すぐにハンググライダーが壊れるかもしれないということに気付く。田中はそのことを安香に伝えると、安香も不味いことに気付いてしまった、というような顔になった。
「むぅ、安定性か。それなりに安定していると思うんだけどな」
「秀則様が安定してないと言っているのだから、安定して無かったんじゃない?私も見に行ったけど、結構フラフラしてたわよ」
「フラフラしているのは操縦者の技術が低いからだと思うんだけど、それでも安定してないと言うなら安定してなかったんだろうな……そうだ!!」
「いきなり何よ!?」
レポートに書かれている最優先事項の中に安定性の向上、というものがあり、既に安定性はあるのではないか、と疑問に思った田中は不満そうな顔をする。しかし直後、田中の頭に電流が走り、大声を出した。
「翼を増やしたら良いんじゃないか!?こう、2枚3枚って増やしていってさ……」
「そんなことで大きな声を出さないでよ。
翼を増やしたところでどうなるのか私にはわからないし、重たくなるから不安しか無いのだけど……予算もあるからやってみたら?」
田中は翼を複数持つ、複葉式のハンググライダーを思いついた。すぐにその設計図を書き始めると、集中しているのか安香の声が届かない状態となる。この状態になると何を言っても邪魔にしかならないと知っている安香は、ため息をついて静かに部屋を出た。
近い未来、戦闘機開発の第一人者として日本を牽引する田中が、本格的に飛行機開発に携わるきっかけとなる秀則との邂逅まで、ここから半年近い時を要することとなる。
次回からは時間が元に戻ります。