第197話 酒税
8月6日に行われた釧路競馬場での第9レースに、俺の馬が出走した。今まで強い強いと過剰に言われていたから、煽てられていると感じていた俺は、実際にロードカナリアの走りを見て驚愕した。ここまで新馬戦で2連勝3連勝している馬達を相手に、7馬身から8馬身差の大差で圧勝した。1400メートルのレースでこの大差は異常だ。調教師さんがやべーやべーと連呼していた気持ちが今になって分かった気がする。
「……これで1250万円って、馬主は本当に当たれば儲かるな」
「ここまで勝てる馬を引く確率なんて1%も無いですよ。世代最強ならそれこそ10万分の1ですし、10年に1度の馬なら100万分の1です」
「それくらいは分かってるよ。この1250万円から2割が税金で差し引かれるから、手元に残るのは1000万円か。十分過ぎるな」
「この馬だとほぼ確実に種牡馬になれるので、そちらの方でも稼げるでしょうね」
彩花さんにここまで勝てる馬はそういないと忠告されたけど、そのぐらいは俺でも分かる。勝てる馬なんて本当に一握りだ。そもそも大きなレースに出られるだけでも50分の1ぐらい素質馬を引かないといけないのに、そのレースで走る20頭の内、1位から5位までしか賞金は出ないしな。出走するだけでもお金はかかるから、多くの人にとって馬主になることは経済的にマイナスになる。
走れない馬の利用については色々と話し合った結果、田畑を耕す役割を負いそうだ。それも農耕機械が登場するまでの短い期間だろうけど、使えないことは無い。現在進行形で農耕に使用している牛に関しては、徐々に頭数を減らして馬と併用していくわけだ。
牛は牛で食材として人気だから、そこが馬とは違う点だな。馬は食用として育てるにはコストが高い。牛や豚は食べる分だけ太るから、そう考えると馬は消化能力が低いと言えるのか?農耕用に転用というのは牛の役割を押し退けることでもあるし、将来的にまた役割が奪われるから根本的な解決には至っていない。しかし屠殺率を上げる方向は、心情的には凄く微妙な案だ。
「彩花は馬主になったことあるの?結構深く関わっていたそうだけど」
「数頭ほど買ったことはありますよ。馬券のように当たる事は無く、ほとんどを売りましたけど」
「そっか。まあ、そういう世界ではあるからな」
軍では騎兵師団の解体も進み、騎兵の総数はかなり減った。その馬は前線へ食糧を送る輜重兵が活用することになっている。今までも馬で物資を運んではいるから、予備や食糧としての利用になるだろう。元々予備は十分に存在しているから、これも過剰気味になっている。
……競馬で走れない馬を売っているのに、軍馬として優秀なのだから日本の馬がヤバいことはもう十分に理解している。規模の縮小が確定したから、何とも言えない気持ちになるな。
「結局は勿体無いという気持ちから馬産業の保存を行おうとしてるのだけど、規模の縮小は免れなかったか」
「勿体無い、ですか。食用としてもっと幅広く受け入れられれば、種の保存はしやすいのでしょうか?」
「食用牛だって種牛の選別は行っているから、保存のしやすさで考えれば食用馬の普及率が高くなれば馬産業自体の縮小はしなくても良いけど……」
「競馬が大々的に行われていることが、裏目に出ましたね。人間の心情は、時に凄く不便です」
彩花さんの言う通り、馬肉は食べられる人と食べられない人に分かれる。牛は喜んで食べるのに、馬に関しては受け付けない人が存在するのは完全に競馬のせいだ。応援したりする存在を、食べられないという人は意外に多い印象を受ける。
馬肉と伝えずに寮などの食事で提供するのも1つの手として存在するけど、不信感を煽るだけなので止めておいた。しかし馬肉は軍人の食事として、推奨することは参謀本部の会議で決めた。昔から馬肉は滋養強壮として効果があることは言われていたが、良い筋肉を形作ることや栄養価が高いことは最近になって分かってきたのだ。
……食事も訓練と言われている軍だから、馬を食べられる人は多い。軍馬はいざという時の非常食でもあるから、食べられない人の方が少ないだろう。軍馬として鍛えられている馬は筋が硬いから、食べ辛いそうだけど。
「ようやく馬の取り扱いは纏まったな。全体的に規模を縮小して、精子を保存して、軍での馬肉の消費率を上げる。輜重兵科の規模は拡大して、全種牡馬の種付けを国が管理……結局、新しい税収は酒税と種税になるから読み方が被るな」
「何回か、酒税をアルコール税と呼んでいませんでしたか?酒税では無くて、アルコール税とすれば問題無いと思います」
「えぇ、そっちを変えるのか?酒税は酒税で良いよ。種税を種牡馬税にするから」
9月の予算会議で決まる予定の新税について、アルコールの入ったお酒を対象にする酒税も導入する予定になった。これに対して、国民がどう反応するのかで後々どうするかは変わって来る。酒税は1番怒りを買いそうな税金でもあるから税率は低めにする予定だけど、海外のお酒に関してはかなり高めの税率に調整するだろう。予算の確保という目的もあるけど、どちらかと言えば海外のお酒が売れ過ぎるのを防ぐためで、国内の産業を守る意味もある。
もしかすると、この世界で初めての関税かもしれない。ロシアから文句が来るかもしれないけど、向こうの言い値でお酒を買ってから日本国内で売りさばいているから、問題は無いと思いたい。……意外とウイスキーやウォッカは、継続して売れている。というか、売れ過ぎている。税を課して、消費がどれぐらい落ち込むのかも確認しておきたい。
最大の問題は、新税をどうやって回収するかだ。種牡馬税の方は国が種牡馬を管理する方向で進んでいるから楽に回収出来るだろうけど、酒税の方は凄く面倒だ。各商店から税金を回収する手間と労力は、所得税の回収も考えれば2倍になりそうだな。




