第187.5話 ロシア人
『執筆者 ヴァシィ・サイツェフ中尉
・日本の軍事力
我々がいち早く感じ取ったのは、日本の組織の透明性だ。特に軍は予算を何に使っているのか、兵器にどれぐらいのお金を使っているのかが丸わかりだった。研究開発費や兵器1つ1つの値段など曖昧に書かれている部分もあるが、研究職員が何人いてどこの研究所にどれだけのお金を注ぎ込んでいるのかまで明確に記載されていて、国民は自由にそれを見ることが出来る。我々も見せて貰ったが、細かな部分まで資料を作り込んであったため、日本はお金の動きが透明化されていると断言しても良い。
その上で日本の軍事力を評価する。まず陸軍は部分動員だけで200個師団を用意できると考えれば、それだけでロシアに匹敵するだろう。重砲の数が尋常では無く、弾薬の生産が追い付かないようにも見えるが、国民の配置転換が容易となれば話は別だ。総動員をすれば、歩兵は300個師団を超えるはずだ。こちらについては再度計算を行うが、どう計算しても300個師団は超える。1個師団が1万人ということを考えても、異常な数だ。
一方で海軍は、蒸気船が主役で艤装も大したことはない。主砲の威力はそれなりだが、艦艇が同数の場合は、ロシアと日本で海戦を行ったとしてもロシアが勝利するだろう。しかしロシアの艦艇数の数十倍という数の戦闘艦があることを考えれば、日本の総合的な海軍力は高い水準にある。
・日本の文化
とにかく隠さない。後ろめたいことでも素直に言うことが評価され、日本の全ての組織でお金の動きが明確である。一度、荷物の置き引きを見かけたが、民間人全員が犯人を追いかけて捕まえていた。犯罪者を捕まえれば、多額の報奨金と栄誉を国から授けられるらしい。犯人は前科があったためか、置き引きという犯罪で5年以上の懲役刑になっていた。犯罪量に比例して刑罰は重くなるようで、死刑は認められていない。
国のトップである豊森美雪は、豊森秀則を名乗る人物を敬拝していた。過去の偉人である豊森秀則と同姓同名だが、豊森秀則を名乗る役職があるのかもしれない。執政者では無いようで、温厚に見えた。つい先日はこの豊森秀則と、豊森美雪の娘である豊森仁美の間に子供が産まれ、国中が祝っていた。
・日本の経済
国が大企業を運営している、と言うのが正確だろう。物価は常に安定しており、食糧事情はロシアよりもずっと良い。我々はロシア人であり、まだ学生の身分でありながら多額の給与が与えられている。貧困層も生活には困らず、困窮している者達は働ける力があるのに働かないような人間だけだ。そして貧困層でも週に1日のペースで休みがあり、夏や冬には長期休暇が存在する。休日は友人達と蹴球で遊んだり、本のような絵を読むなど趣味を楽しんでいる。日本では上の人間ほど忙しく、規格化されていない仕事をこなさないといけないようだった。
市場は共産主義の国とは違うが、イギリスのような自由市場でも無い。全体の2割程度しか存在しない民間の企業が市場価格を操作しているが、全体として国が定める価格の前後で落ち着いている。国が目安を作り出し、そこに企業が群がっていると言えば正しいだろうか?他の者達も、日本の市場を見て言葉を失っていた。どう表現して良いのか分からないからだ。
5億人以上の人口を誇る日本の生産力は、人口のことを考えればそこまで高くない。しかし日々の糧を得ることは難しく無く、国民は政府の出す指示に心酔している。経済的な規模は、これからますます大きくなっていくだろう。
・日本の教育
日本の教育機関は最初、100点という点数を生徒達に与える。講義中に良い質問をしたり、新しい発想を生み出せれば加点され、遅刻や質問を課せられた時に講義を聞いてなかったような回答をすると減点される。100点満点では無いため、この点数は無限に増えていくようだ。この時の新しい発想は、悪く無ければ基本的に加点されるため我々ロシア人にとって有利に働いた。恐ろしいほど日本人は真面目であり、講義や討論では一切手を抜かない。また、どんな教育機関であれ最後には試験があり、その試験の結果と持ち合わせている点数によって優、秀、良、可、不可の5段階評価が下る。不可が多いと卒業が出来ないようだが、我々の中に不可を取った者はいない。考える頭さえあれば、不可とはならない授業だ。
子供の教育についても同じだが、1つ面白い点は喧嘩が少ない点だろう。幼い頃から我欲を抑え込ませるようで、精神的な成熟が随分と早い。幼少期の教育マニュアルを貰ったが、2歳の時から物の善悪について論理的に説くようだ。随分と無茶な教育方法だが、成果が出ている以上ロシアでも取り組んでみるべきだろう。
・日本の食事
日本の料理はロシアの料理よりも手間暇をかけているものが多く、街の食堂や酒場では時間をかけて作られた美味しい料理を安価で食べることが出来る。生ものを食べ……』
「秀則様、ヴァシィさんがロシアに送ろうとしていた手紙の翻訳が終わったようです」
「愛華さん、ありがとう。……随分と好意的、と言えるのかな?」
「全体的に好意的ですね。この程度なら留学生を受け入れた時に覚悟していますので、特に添削などはせずに送る予定ですが……」
「大丈夫だよ。そもそも、漏らされて困る情報があるなら見せなければ良いだけの話だからね。対ロシアを想定とした戦闘計画は1番多かったし、お互いに争った所で得るものは少ない。それに、陸軍は過小評価をされているようだから問題無し」




