第185.5話 プロイセン領
2021年5月21日。プロイセン王国に、10人の日本人が到着した。6月からプロイセン王国軍大学に入学する日本人留学生達だ。プロイセン側の軍人達が主催をした歓迎会の後、彼らは入学までの期間でプロイセンでの生活に慣れようとしている。そのために、今はベルリン市内の探索を行っていた。
「主要道路は全てアスファルトで出来ているのか。見たことの無いような建物や道具が幾つもあるし、バスや車は一般国民にも普及してるし、日本との差を感じるよ」
「おい、往来で日本語を使うなよ。注目されてるぞ」
きょろきょろしながら日本では見たことの無いような物に興味を示す佐藤健太に、豊森栄一郎は日本語を使うなと告げる。日本人である彼らは、既に注目の的であった。そのため日本語を使っても使わなくても大差は無いが、栄一郎は異国人の集中的な視線に嫌気を感じていた。
「元々日本人の一団だから目立っているだけだろ。……おい、香川。何してたんだ?」
「ちょっと道を聞いただけだよ。ついでに、有名なパン屋を教えて貰ったから買いに行こうよ」
「……お前のそのどんな人とも距離を詰められる性格は尊敬するが、単独行動だけはするなよ?」
信号を待つ僅かな時間の合間に、香川幸一はふくよかなプロイセン人女性に道順の確認を行い、美味しいパン屋を教えて貰う。その光景を見た佐藤はまたか、と思いながらも注意をする。香川が女性に話しかけたのは、今日で3度目だ。男性も含めると、8度目になる。
「どんな店があるのか分からなかったし、聞き込みをするのは別に良いんじゃない?それより、こんな建物で地震が怖くないのかしら?」
「欧州は地震が少ないから耐震性は度外視してるんだよ。そんなことも分からないのか?」
「知ってるわよ!知った上で怖くないのか考えていただけよ」
「一々怒るなよ。怒りっぽさと皺の数の相関関係について、この前新聞に載ってたぜ?」
海軍士官学校の卒業生の中でも1番気の強い豊森香保子が日本とは違う街並みを見物して、素直に疑問を口に出すと、香保子の従兄弟で陸軍士官学校の卒業生である栄一郎は馬鹿にする。常に競い合っていた豊森家の2人で、常に比較をされていたが、この2人は共に士官学校を次席で卒業している。
海軍士官学校を首席で卒業した豊森明佳と陸軍士官学校を首席で卒業した今川忠治は、ゆっくりとベルリンの街並みを観察しながら、2人して物騒なことを考えていた。
「秀則様が来たがっていたベルリン、来たがっていた理由が分かったよ。街並みは整然としてるし、非常に攻め辛い都市だね」
「東にオーデル川、西にハーフェル川か。攻め込むなら南からになるが、2つの河川は航行可能だろう。最も恵まれた位置にある都市と言っても良いな」
「恵まれた位置なのは間違いないね。発展に必要不可欠な要素が全部揃っている。平野部も多いし、人口が増えるのは納得だ」
これからお世話になる国だと言うのに、攻め込む前提で日本語の会話を行う2人。もちろん、2人とも周囲の人間が日本語を分からないことを確認してからの行為だ。女性である北目智佐代と織田緩菜も街行く人の服装に興味津々であり、落ち着きは無い。
「ははは、ガキのおもりをしに来たわけじゃねえんだけどな」
「実質お目付け役でしょ。だからおもりは役目だよ。というか、お互いに大尉止まりって悲しい定めだよね」
「俺なんて元々下士官出身だからな?大尉でも十分なぐらいだ。上が大量に死んでなければ、今でも士官になれてないぞ」
思い思いに動く栄一郎達を後ろから眺めながら歩いているのはまとめ役である品川義永と吉良概助だ。吉良は本来であれば士官になれるような人間では無いが、紅海海戦で多くの士官を失ったことと、本人の才覚によって士官への道を切り開いた。
特に日中戦争において、戦果を荒稼ぎしたのが殊更に大きかったため、吉良は大尉への昇進を果たしている。一方で品川も、日中戦争の戦果を加えてギリギリながらも昇進を果たした形だ。2人とも豊森家の人間ではないため、出世の道は細くて厳しい。
この中では最年長となるのは29歳の吉良だが、立場的には26歳の品川の方が上になる。吉良家と品川家は繋がりがあるため、お互いに知り合いではあった。そのため、2人の間では敬語や堅苦しい言い回しがされることは無かった。
一団が歩いていると、ベルリンの中でも大きな旅館に到着する。6階建ての建物は、平屋が主な日本ではあり得ない建築であるので一向は驚くと共に、目に焼き付ける。将来的に高層の建物を建築すると、秀則が言っていたためだ。後に彼らは日本のカメラよりもずっと性能の良いカメラを手に入れるため、今回のような行為に意味は無い。
「……この金塊、何処で換金すれば良いと思う?」
「さあ?旅館の人に聞いてみたら?歓迎会の時に渡されたお金で十分に生活は出来ると思うけど」
「いや、現金にしておいた方が良いだろ。配分は10等分で良いか?」
「階級ごとの給与比率で分配しても良いんじゃない?秀則様は現地で使ってくれとしか言ってなかったけど」
旅館の部屋割りで揉める8人を見ながら、秀則から渡された金塊の分配について話し合う品川と吉良は、中々に悪い顔をしていた。しかし2人には、2人で総取りをするという発想が無かった。出した結論は、国から渡されている給与の比率で分配するという、少しだけ2人が得をする結論になる。好きにしろと言われていることを知っている他の8人も、その配分で納得をした。
これから3年間、彼らはプロイセンの大学で勉学に励む予定だった。プロイセンの軍人から色んなことを教わりながら欧州の情勢を探る、はずだった。




