第182話 ロシア陸軍
ロシアの軍人は上下関係に厳しく、日本よりも給与格差が激しい。あまり軍について詳しいことは話せないと言っていたけど、軍の上下関係が厳しいのはどこの国でもそうだから話しても問題無いと判断したのだろう。しかし、給与体系のことは話しても良いのだろうか?そもそも、将来の佐官候補にあまりに低い賃金は可愛そうというか、何というか……。
仮にロシアの場合、士官学校を卒業して少尉候補生として軍の中の小隊で働き始めると、今の日本円にして月に2万5千円ほどの給料が貰える。一方で日本は士官学校に通っている時から月に3万円ほどを貰えるし、少尉候補生となれば当然もっと増える。……日本が過剰に良い待遇なのか、ロシアが厳し過ぎるのかは難しい問題だな。
しかし日本の軍人とロシアの軍人の給料は上に行くほどの差が縮まっていくばかりか、大佐辺りで完全に抜かされるので、昇進のメリットが薄いとも言える。まず佐官になれるのが、尉官の中でも選ばれた者だけどな。日本だと、大尉止まりの人間は多い感じだし。
ロシアもそうなのかはわからないけど、金で国防の意欲を買うというのも賛否両論だろう。とりあえずロシア人留学生達には日本の軍人と変わらないレベルのお金を支給しよう。日本の陸軍大学校は、大きな研究機関でもあるしな。ロシア人としての知識を活かして研究にも関わって欲しい。
「ロシア陸軍の昇進はどうやって決められるの?」
「日本と変わらないです。佐官以上は、試験の合格や大学の卒業が必要になる。将官は更に上の人の推薦が必要になるし、戦功でも昇進することがある」
「ああ、大体一緒だね。プロイセンは大学を出てようやく尉官らしいけど、ロシアとプロイセンで仕組みが違うのか」
「ロシアは大きいから、軍人が沢山必要になる。プロイセンは、国土が狭いから、量より質です」
歓迎会も終わりが近づいて来た頃、お酒が入ったまとめ役のヴァシィさんと再度話をするけど、やっぱり日本語が少し怪しい。ただ日本語自体はかなり上手くて聞き取りやすいので、その内この違和感は直るだろう。ロシア軍の組織体制や師団編成についても少し聞き出したけど、結構複雑な仕組みになってそうだ。
軽く纏めると、欧州では歩兵連隊の中に砲兵が組み込まれていることが普通で、各歩兵大隊の指揮官になることが少尉や中尉の目標らしい。大隊を率いるなら中佐かな?と思って訪ねてみると大隊長の階級は中佐だったので、日本とロシアの軍は似ている所が多いな。中佐が、新人士官にとっては当面の目標なのだろう。
現実的でかつ、遠い目標だ。そして最終的に、中佐止まりの人はかなり多いとのこと。上に行くほど昇進が厳しくなるのはどこの世界でも一緒だな。大尉までは遅かれ早かれ誰でも昇進するらしいけど、それ以上は分からないと彼らは語っていた。
ロシア人留学生の1人に肩車をされていたアリスちゃんを回収して、部屋に戻る。士官学校を卒業したてなのに25歳や26歳だった理由は、全員が一般の大学を出てから士官学校に入学しているからだ。やっぱり、日本の軍人は基本的に若い気がする。若い方が頭の回転が早いからという理由は一理あるし、体力もあるという理由は最もだから何とも言えないけど。
「そう言えばアリスちゃんには紹介したっけ?こっちが娘の友花里で、そっちは友花里の乳母兄弟になる百合野ちゃんだよ」
「うわあ!かわいいですね。ぷにっとしていて……妹に、少し似ています」
天涯孤独なアリスちゃんに友花里を紹介した時点で、少しミスったかもしれないと思っていたけど、案の定悲しそうな目になったのでこちらとしても辛い気持ちになった。オーレリーさんは嫁や息子を失っているし、アリスちゃんは両親と妹を失っているし、暗い過去を背負って生きている人が多すぎる。
……むしろ、フランス人達は誰もが大小関わらず暗い過去を背負っているから精一杯生きているのだろうか?俺は故郷が滅んだ経験も無ければ、兄弟や親の死に目に立ち会ったことも無い。唯一、祖母が地震で亡くなった時は悲しかったが、この世界では生きてるしなぁ。
暗い顔をしたのは一瞬だけで、後は平常運転のアリスちゃんは、割れ物を扱うような手つきで友花里を抱き抱える。ハーフの美少女が赤ちゃんを抱いていると、それだけで絵になるからずるい。早く、カラー写真も開発したいな。最近では白黒だけど現像時間の短縮に成功したらしいし、技術開発は順調な分野が多い。
……1番力を入れている飛行機開発の今年中の完了は無理そうだし、全体的に見れば順調とは言い切れないか。ロシア人留学生達は一般の大学を出ているから、知識には期待しても良いのかな?日本の軍人としての勉強もさせるつもりだけど、使える知識は使いたい。
「秀則様。今回の歓迎会に出席した者達が纏めたロシア軍の資料です。彼らは全員が陸軍所属なので、ロシア陸軍の内情ということになりますが、重要な部分以外はほぼ全て聞き出せたと思います」
「お、今回は早かったね。ありがとう」
怜可さんが持って来てくれたのは、ロシア陸軍について纏められた資料だ。中核となる部分は教えて貰えなかったようだけど、それなりに多くの事を話してくれた。国防上での意識の持ち方や、現在のロシアの仇敵。参謀本部についてや、反ロシア政府組織についても若干ではあるけど聞き出しているから、よくやったとしか言いようが無い。
見た感じ、オスマンやペルシアを相手にロシアが油田地帯であるバクーを死守しているそうだけど、それだけ石油の価値が高いからだろう。というか、バクーはオスマンやロシアだけじゃなくてペルシアも絡んでいるのか。位置的には確かにそうなのだけど、ペルシアがバクーに影響力を持っていることは何故か意外だった。
ペルシアは、どうしてもイランのイメージが強すぎる。アフガニスタンと並んでイスラム教の特色が強いイメージだ。……まともに対話が出来るか、試してみる価値はありそうかな。