第181話 ロシアからの留学生
4月28日にロシアからの留学生達が京都に着いた。こんな後進国で学ぶことなど何も無いとか思ってそうだけど、ロシアの学生達は思いの外、真面目そうな人達だ。たまたま近くにいたアリスちゃんに通訳を頼み、話しかけてみる。……ロシア人相手に過剰な警戒をしていないのは、過剰な警戒が不味いと分かっているからだろう。自重しろという愛華さんの念が込められた視線が背中に突き刺さる錯覚を覚えたが、無視だ。
「ずどぅらーすとゔぃーちぇ!日本にようこそ」
『日本にようこそ、と言っています。初めまして。こちらは豊森秀則様で、私は通訳の山田アリスです』
『初めまして、美しいお嬢さん。私はヴァシィ・サイツェフ中尉です』
「えっと、はじめまして。私はヴァシィ・サイツェフ……中尉です?」
『中尉で合ってますよ。ところで……日本語で話したら駄目なのかな?』
「秀則様、この人は日本語で会話が出来るそうです」
「いえ、全員が日本語で話せる。私は敬語が苦手だから、無礼な言葉遣いだったらごめんなさい」
ロシアの留学生達のまとめ役はヴァシィ・サイツェフさん26歳。比較的若い中尉のようなので、佐官候補だろう。どうやら日本語は喋れるようなので、日本語で会話を行う。通訳必須かと思ったけど、十分に会話が出来るレベルだから驚いた。
こうなると通訳の必要が無くなるけど、アリスちゃんはロシア語の修行のため、他の留学生達へ話しかけに行く。あの子は本当に度胸があるというか、強い子だ。
ヴァシィさんは砲兵科にいたそうで、日本の正確な砲撃について学びたいのだとか。何で日本の砲撃の正確性をロシア軍人が知っているのかは突っ込まなかったが、目的を元々持っているのはこちらとしても助かるな。
全員で10人だけど、全員が少尉や中尉で25歳か26歳だった。ロシアも、日本と似たような軍組織になっているのだろう。この世界では、日本軍が最強だったこともあるから真似するところは多かったのだと思う。師団編成を2万人から1万人にしたのは、後々効いてくる気がするな。
ロシアとは友好関係を築いて行きたいので、盛大にもてなす。もしかしたら日本への留学なんてロシア軍人にとっては左遷先かもしれないが、もしかしたら将来的にロシア軍の中枢を担う可能性もあるのだ。日本に対して、好印象は与えておくべきだろう。
その歓迎会では酒が振る舞われたが、ロシア人は全員が酒豪というわけではないらしく、ウォッカをそのまま飲むような人はいなかった。ジュースで割って飲む人は多かったから、イメージと違っていただけだけど。ロシア人はロシア人で、日本の食事に驚いていた。彼らはモスクワの方に住んでいる人間だから、日本料理を知らなかったのだと思う。
「思っていたより寿司が不人気だな?残りそうならマグロとタイを持って来て」
「大陸では生ものが厳禁ですので、心情的に食べ辛いようです。寿司は日本人側がよく食べるので残ることは無いと思いますが、鮪と鯛は確保しておきますね」
しれっと彩花さんもこの歓迎会に参加しており、寿司を持って来てくれた。2週間の入院生活は暇で退屈だったようだけど、友花里がよく寝ていたのも原因の1つかな。赤ちゃんを産んで暇と言えるのも凄いことだけど、それだけ考慮されていたということだろう。今日は百合野ちゃんと一緒にして寝かしつけてからここに来ている。百合野ちゃんのお母さんには迷惑をかけっ放しだな。
ロシア人に寿司は不評だったようで、食べていたのは勇気ある数人だけだった。食べた後に、お腹を壊さないか心配していたが、お腹を壊すような食べ物を1番多く用意しないことは伝えておく。味の感想は普通、だった。慣れるまではそんな感じの感想になるだろうな、とは思っていたけど時間がかかりそうだな。
逆にロシア人に人気だったのはビーフシチューや魚介スープなどの煮込み料理、シンプルな唐揚げやステーキだった。というか肉しか食ってない。どうやらロシアの少尉や中尉は貧乏なようで、そこまで多くの給金を得られないから豪勢な食事自体が久しぶりらしい。日本は少尉の前からお金を貰っているし、ある程度は配給で何とかなってしまうから食生活に差がありそうだな。
日本人と外国人なら日本人の背の方が低いけど、少なくともこの場だと背丈的に同じぐらい。豊森家の人間で軍人、という人がこの場には多いから、ロシア軍人と体格で負けて無いという。食生活は体格にも影響があると思っているから、食に裕福な国で良かったと言える。
「しかしまあ、留学しに来たロシア人達は全員が男か。女が軍人という事に、かなりの違和感を覚えているそうだな」
「その点は既に聞いています。ロシアでは軍に女性が入れないそうで、女性の士官なんて考えたことも無かったとのことです」
「そうか。軍に女性を入れないというのは、分からなくは無いな。男と女、どちらが兵士として向いているかを考えれば男だろうし、筋力や体格では女が男に勝つことは難しい」
ヴァシィさんが1番驚いていたのは、女性の軍人が存在していたことについてだ。割合的には女性の方が少ないが、日本の軍人は佐官クラスでも女性が多い。将官はグッと減って、少将が陸海軍合わせて数人いるというのが現状。中将以上はいないけど、女性でも中将に昇進する可能性はある。
……まあ、女性というだけで切り捨てるというような状況ではないということだ。留学して来たロシア軍人達は女性への免疫が無さそうだから、上手くいけば取り込めそうだな?下手な指示を出したくないから、意図的に取り込むつもりは無いけど。