第178話 フランス大統領補佐官
4月10日の昼、オーレリーさんと直接会話をすることが出来た。……これまで散々指示を出して来たのに、実は直接会うのが初めてだったりする。間接的には何度も会っているし、顔を見たこともあるけど、至近距離での会話を行ったことが無かった。
今までは手紙のやり取りや、親衛隊員を通じてのやり取りだったから、豊森家がオーレリーさんを警戒していたことがよく分かる。本当に、フランス人達はよくこの状況で働いていたと思う。周囲の警戒心がMAXな状況で作業を命じられているから、俺なら逃げ出したくなるな。
俺が直接会えるようになったということは、フランス人に関してはかなり認められたということだろう。名誉日本人の審査も、フランス人に対しては緩くなった感じだ。ただしフランス人に限定してのことで、イギリス人や中国人の扱いは変わらない。
「初メマシテ。オーレリー・ファルハット・フラン・エル・ラムダニ、デス。ヨロシクオ願イシマス」
「よろしく。オーレリーさんで良いよね?」
「ハイ。オーレリーデ大丈夫デス」
自由フランスで大統領の補佐官をしていたというオーレリーさんは、現在ガソリンエンジンの質の向上のために色々と研究チームに口出しをしている。亡命して来たフランス人の中では唯一の50代で、見た感じは初老のイケメンなおっさん。語学堪能な人で、日本語も発音が怪しいけど文章作成能力はあるので日本語での会話が可能だ。
何だかんだ言って、日本語は発音も難しいからな。というか異国の言葉を正確な発音で話すのは難しいことだ。そして日本語は、外国人に強要して良い難易度の言語では無い。しかしフランス人達の多くは一年近い時間をかけて、日本人と軽い日常会話をこなすレベルにまで成長した。日本語で話さないと生活し辛いから、必死になって覚えたのだろう。
……フランス人達は研究や技術指導を手振り身振りで頑張りながら、日本語の取得を行いつつ、豊森家から課される試験やお見合いをこなしていた。そして優秀な人ほどお見合い回数は多いとか露骨過ぎるな。一夫多妻制を受け入れるかは微妙だったけど、意外と受け入れる人は多い。
「何か不便なこととかある?」
「イエ、非常ニ快適デスヨ。少ナクトモ、亡命スル前ヨリハ裕福ナ暮ラシヲシテイルノデ」
何か困っていることが無いか聞いてみたけど、困っていることは無いようだ。一応、教会も建てたし配慮はしている。なお、順調に日本教は浸透している模様。特に子供達の中には日本教を信仰する人も多い。神様は、親や兄弟を守ってくれなかったようだから気持ちはわかる。残すべき子供達として残された側の子供だからか人の優劣、不平等さについても理解があるし、従順なようだ。
生活する上で必要なもの、という観点から見れば日本は色々と揃っている。蒸気機関がそれなりに発展していたこともあって、冷やしたり圧力をかけるということは得意な方だ。上水道を開発した時に1番問題になったのが水圧だったし、発展している分野は発展しているとは思う。その速度が遅かったり歪だったりしただけだ。
フランスが分裂したのは100年以上も前だから、既にオーレリーさん達は住んでいたソマリアが故郷になっていた。だからか、フランス本土への執着心は薄い。生活水準も落ち続けていたから、日本が不便とは思えないほどに落ちぶれていたのだろう。失伝した技術も中にはあり、日本にもたらすことが出来なかったことをオーレリーさんは悔やんでいる。
「失伝か」
「本ヤ新聞デス。日本ミタイニ何重ニモ保存シテイナカッタノデ、失ワレタ情報ハ多イデス」
「文化は戦争し続けているから仕方ない気もするけどね。書庫とか、燃えやすいし」
「……ハイ」
ソマリアの位置的に、あらゆる国から狙われていたことは想像に難くない。戦略的な重要性が高い地域だし、生き延びるために外交方面で気を遣っていたのは確実だ。そんな中で、教育に注力していたのは凄いことだと言える。実際、プロイセンに留学した経験を持つ若者もいたしな。
しばらくオーレリーさんと談笑しながら人となりを確認していくけど、思っていたより素直というか、真っ直ぐな人だった。大統領もオーレリーさんに似たような感じの人だったとは聞いているので、性格が災いした可能性はある。国のトップなんて腹に一物隠してるような人の方が向いてるしな。美雪さんとか仁美さんは、思考が一般人じゃない時も多い。
俺も一般人と言えるかは怪しいし、国の上から100人目までは腹黒の方が多いと思う。たぶんフランスは、扱いやすい国でもあったのだろう。それが、100年以上もアフリカ大陸で国として保てた要因か。最終的にはイギリスとイタリアに攻め込まれたそうだけど、色々あったのだろう。
この後は俺がオーレリーさんの家族構成という分かりやすい地雷を踏み、若干気まずくなって初めての会談は終了した。冷静に考えれば、親族を失っている可能性は高いわな。だけどまさか、息子が2人揃って戦死していたとは思わなかった。嫁も先立っていたし、不幸という言葉だけでは片付けられない。
……素直な人、か。
今の日本の仕組みは、オーレリーさんにとって良かったのかもしれない。正直者が馬鹿を見る仕組みでは無いからだ。小国とはいえ、ただの正直者が大統領補佐官まで登り詰めるとは思ってないけど。