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閑話⑦ とある日の午後

豊森怜可の仕事は多い。


午後になってふらっと彩花の入院している病院へ秀則が行こうとすると、それについて行くためにデータの整理や招待状の確認は後回しになる。相変わらず恐る恐るといった手つきで友花里に触れる秀則を見ても感情を抑えて時間の確認をし、隙を見て赤ちゃんの生態について書かれた本を読む。


彼女自身、赤子の知識は少ない方なので身に付けようとしているのだ。赤子についての知識を身に付けておかないと、秀則が不味い行動をした時に判断出来なくなる恐れがあるからだが、秀則はこう見えても数十人の赤子と触れ合っているので、怜可の心配は徒労に終わる。


たっぷり1時間ほど彩花と友花里を撫で回す秀則を見ながら、護衛として警戒もしている怜可だが、隣に女性として最強の存在でもある凛香がいるので彼女はそもそも戦力として数えられていない。そうこうしている内に屋敷へ戻ろうとする秀則だったが、またもやふらっと本屋に寄って彩花のために本を見繕い始める。


「何か、最近出た本の中で面白い本とか勉強になる本は無い?彩花が読みそうなやつ」

「ええっと、それならこの本とかどうでしょうか?これから役に立つと思いますが」

「赤ちゃんの生態についてか。いや、でもその本は読んでいた気がするな。というかたぶん、去年出ている赤ちゃん関連の本なら全部読み込んでいる勢いだと思う」


秀則が本屋に寄った理由は暇な時間が多くなった彩花のためだが、自分のためでもある。秀則が思っていた以上に漫画分野は発展していたので、彩花の分を買うとともに自分の分も買おうとしているのだ。


「こちらにあるのが新刊の分ですね。今月発売のものなら流石に読んでいないでしょう」

「おお、結構な数の新刊だな。月一でこれだけの本が出るのか」


本屋では最終的に愛華が新刊の範囲から彩花の好みに合わせた本を見繕った。もちろん怜可も新刊の中から彩花の役に立ちそうな本を何冊か提案したが、秀則が選んだのはその中の1冊だけだった。一方で愛華の選んだ本はほとんど買っていく辺り、2人の立ち位置以上の差が表れている。




午後5時となり、普通の役人や研究員は仕事が終わりに差し掛かる時間となった。しかし秀則が忙しくなるのはこの時間帯からだ。エンジン開発の進捗や大型の備品の注文書は、大体秀則に届く。予算は有限であり、無駄遣いが出来ない以上、研究の進捗具合は秀則自身がいち早く確認したいのだ。特に京都に近い研究所はその日の内に報告書を持ってくる場合が多い。


それに加えて、午前中に纏められていた地方の研究所の1週間での進捗状況を見て上手くいっているグループには恩賞を出す。恩賞を何処に出すかを決めるのは秀則であり、その恩賞の額を決めるのは愛華だ。大型の設備に関しては、秀則が即断で決めることになっている。


分担作業になっている理由は愛華が全てを決めてしまうと恩賞を出す頻度が減ってしまい、秀則が全て決めてしまうと恩賞を出し過ぎてしまうからだ。この間に入り込めない怜可は、大型の設備を作る製作所への依頼や運び入れる業者の手配が主な仕事となる。研究所が設備を欲しがるのは世の常であり、日本全国からそのような依頼が来ているために即断が必要だ。


「遠心機ってまだ値段下がってない?」

「電気で動く遠心機に関してですが、大型の物は未だに高いです」

「それなら小型の遠心機で我慢させるか、共同で使わせるかのどちらかだな。……共同で使わせるか。ほとんど隣接しているし、共同で時間を区切って使わせるようにしてくれ」

「承知しました」


怜可は秀則の指示を正確に部下へ伝えて設備を用意させ、配達させる。手紙の返事を書かせたり、お礼の手紙を処分させたりしていると、時刻は夜の8時を回った。


「これで一段落?先にお風呂へ入りたいけど、お湯は沸いてる?」

「お湯の準備は出来ています。夕食はお風呂上りにしますか?」

「うん。まあ今から30分後ぐらいにお願い」


今日は夕食より先に風呂へ入りたいと言った秀則に対して、夕食を何時にするか聞く怜可。この順番の規則性すら記録してあるが、彩花でも規則性は見つけられなかったので完全に気分だということは怜可も認識出来ている。


風呂には愛華と凛香が付いていき、怜可は夕食の調理班に盛り付けを遅らせるようにと伝達する。そのまま毒見という名の食事を行い、きっちりとデザートまで食す。丁寧に下処理された筍を用いるたけのこご飯や苺をふんだんに使った苺パイはとても美味しく感じられ、怜可は満足した。


なお、秀則が無理をしてまで腹に詰め込んだのは鮫のヒレを使ったスープである。鮫に卵があったのか無かったのかを秀則が気にしていたため、怜可は秀則の好物の1つに鮫の卵と記録をした。後に秀則のために鮫の卵を大量に取り寄せる怜可だったが、失敗だったのは言うまでもない。


夕食後も秀則の作業は続き、それに付き合う親衛隊員達も疲労の色を隠せなくなってくる。今日は京都近郊で行われている無線通信技術の開発計画を立てたり、それに伴う軍の装備や編成についての見直しも行なわれた。怜可は軍に関する知識に劣るため、現在は会話を聞きながら勉強するしかない。最終的には新たに通信兵を育成することとなり、そのために必要な準備を始めた。


夜の11時が過ぎた頃、作業を打ち切った秀則は日記を書いてベッドに入る。それと同時に怜可は解放されるが、怜可はこの後は就寝するしかない。秀則や仁美はいつ起きても良いような身分だが、親衛隊の朝は早いのだ。秀則のように、ベッドに入ってから誰かと会話するような余力は無い。




今日も怜可は表では淡々と仕事をこなしながら、裏では必死になって多くの事を勉強している。本人は隠しているつもりだが、人生経験が無駄に多い秀則や気配の察知が得意な凛香など、多くの人に看破されていることを本人はまだ知らない。

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