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閑話⑥ とある日の午前

豊森怜可の朝は早い。


前日にお酒を飲んでいなければ、秀則は朝の7時頃に目を覚まして着替えを始める。怜可を含む親衛隊の面々が朝の5時に起き、仁美も6時には目を覚ますことを考えれば、7時というのは遅い方だ。ちなみに海軍幼年学校の起床時間は朝の4時半である。


まだ外が薄暗い時刻に起きた怜可は桶に水を溜め、顔を洗った後は歯を磨く。身だしなみを整え、用意されていた軽食を食べた後は、再度歯を軽く磨いてから夜勤の親衛隊員と交代する。ちょうどこの頃に仁美が起きるため、大きな声で挨拶を言って頭を下げた後、今日の仁美の予定を仁美の付き人に確認しておく。秀則が聞いて来た時に間違った解答をしないためだ。それと同時に、秀則の予定も伝えておく。最も、秀則が起きる前に秀則の予定が決まっていることは多くないが。


台所の方へ行くと、秀則の起床時間に合わせて完成するような朝食が現在進行形で調理されている。本来であれば各研究所からの報告書や招待状を纏める作業があるのだが、今日は数が少なかったからか愛華が全て引き受けてしまったために怜可は手持ち無沙汰だ。


「おっはよー!怜可副隊長!」

「おはようございます。

……何であんたは朝からそんなに元気なのよ」

「いやー、今日は朝から厨房が大騒ぎだぞ?こーんな、すごく大きな鮫がいっぱい献上されたし」

「あら?鮫は珍しいわね。秀則様の朝食かしら?」


そして台所に入るなり親友であり、腐れ縁でもある鈴香が怜可の真後ろから声をかける。ビクッとした怜可は振り返って淡々とした挨拶をした後、ジトっとした目で鈴香を睨んだ。朝からテンションの高い鈴香に、怜可は振り回されることも多い。それは怜可が副隊長に出世してからも変わらない。お互いに元軍人では無いことが、影響した結果とも言える。


秀則の朝食は、結構な頻度で供給過多になる。献上品が多いからという理由もあるが、足りなければ大問題だからだ。食い盛りな高校生の身体で成長が止まっている秀則は、それなりに食べる。特に美味しい食べ物だと、満腹まで食べる傾向がある。


それに加えて、余った朝食は親衛隊の間食として用いられるからだ。休憩時間がまばらなために、朝昼晩と決まった時間に食事を取れない親衛隊にとって、間の休憩時間にお腹を満たす必要がある。その時に便利なのが、残った朝食や昼食だ。


今日は鮫が豊森邸の庭に運び込まれたので、早速調理技能の高い親衛隊員達がせっせと解体していく。秀則の親衛隊員もいるが、今日は仁美の親衛隊員達と合同での作業だ。大きな鮫を解体するのは、複数人じゃないと大変な作業になる。そして怜可は、この中でも解体作業が得意な方である。


「私も手伝うわ。鈴香は出刃包丁を持って来なさい」

「はいはい。最近人使い荒くなったね」

「仕方ないじゃない。それに、人使いが荒いのは愛華さんも一緒よ?」

「あの人は人使いの鬼だから……」


近くにあった鮫のヒレを取り、分厚い皮を断つために力を入れて皮へ切れ込みを入れていく怜可。そのまま皮を力任せに剥ぎ、頭を落とす。内臓部分は取り除き、綺麗な水で洗い流していく。怜可は自分の顔を洗う水に関しては桶に貯めて節約するのに、秀則の口に入る可能性がある鮫に対しては遠慮なく大量の水を使うような性格だった。


なんとか全ての鮫を三枚におろした後は、使わない分を冷蔵室に入れ、美味しい部位だけを使って秀則の好きな刺身とステーキを作る。そろそろ秀則が起きて来る時間のため、先に刺身を出した後にステーキを出すことになった。


「朝食に鮫を出さなくても昼食で良かったんじゃないの?」

「新鮮な刺身はそれだけで美味しいのだから朝に出すべきよ。ほら、あんたの分」

「おっ、さっすがー!いただきまーす!」

「……はぁ、あんたは悩みなんて無さそうで良いわね」


鮫の刺身を摘まむ鈴香と怜可は、様子を見に来た愛華に怒られることとなるが、いつものことである。華麗という言葉が似合う美人だが、中身はまだ17歳だ。




秀則が起きてからは、怜可が秀則の周囲で雑用の仕事を周囲にいる親衛隊員に飛ばす。研究所からの報告書は基本的に整理されたデータだが、たまに生データを送って来る研究所も存在している。秀則が指示した実験を行う研究所では、最初に記録されたデータを編集せずに送って来る場合も多い。ミスや失敗の時の数値まで、秀則自身が把握したいからだ。


しかし編集されていないデータはデータとして扱い辛いため、目を通した後は秀則が怜可に編集作業を依頼する。怜可はその作業量を瞬時に判断して、編集が出来る親衛隊員達に割り振っていく。研究所の方では出て来た記録をそのまま提出すれば良いだけだからと好評だが、親衛隊員にとっては面倒な仕事の一部となっていた。


もちろん秀則も手伝うが、作業速度は並みの一般人だ。しかも作業中に愛華が予算関係の話をしてきた時などは作業を中断してしまうことも多い。結果として、怜可の負担分としてのしかかってくる。


「すまん、今川焼きの店が近くに出来たらしいから食べて来るわ」

「私もついて行きます!

鈴香、後は頼んだわよ」


今日も途中で愛華が秀則に報告をし、秀則は予定を変え、外出する。怜可は当然のようについて行き、秀則と一緒に大きな今川焼きにかぶりつきながら、鈴香や他の同僚のためにお土産を買っていた。普通の人なら十数人分を買うのは躊躇するような値段だが、大して使い道が無いのに多くのお金を持っている怜可は余裕で払うことが出来る。


「田中さん、じゃなくて聡さんの……」

「あの子、安香ちゃんが好意を持っていることに……」


秀則と店主と思われる妙齢の女性が話しているのを遠巻きに見ながら警戒しつつ、怜可は今川焼きの餡子を口の中に入れる。結局朝は起きた直後に食べた軽食だけだったので、この機会に燃料を補給しようとしていた。隣で店内を見渡しながら大量の饅頭を食べている凛香に若干引きながら、今日も怜可の1日は過ぎていく。

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