第169話 重装弓騎兵
賢士さんが連れて来たロードカナリアは京都の北の方にある厩舎に預けられ、そこで調教を受けることになる。調教師が変わっても大丈夫か不安だったけど、どうやら精神的にはタフな馬のようで特に上に乗せる人は誰でも良いみたいだ。
上手く行けば、今年の夏から秋頃に新馬戦でデビューすることになる。がっしりとした馬体なので、力強い走りを期待出来そうだ。もう既にちゃんと走れば周囲の人間が喜ぶと理解出来てそうだし、賢いタイプの馬だな。
陸軍では、この賢いタイプの馬を中心に買い取っているらしい。競走馬としては使えなかったけどスタミナがあるという馬や、元々軍馬用として生産された馬を選別して購入しているから、日本の騎兵師団は強いのだろう。乗る人間の選別までしているから、第1騎兵師団は化け物みたいな戦績を挙げる。勲章授与式で、第1騎兵師団に所属している人を多く見かけたしな。
走っている姿を見ながら賢士さんと話していると、長距離は駄目かもしれないという話になったので2000メートル以下のレースを中心に出走することにした。馬にも短距離タイプや長距離タイプがいるから、この馬は短距離タイプというわけだな。長距離のレースの方が賞金は高いので少し残念だけど、別に短距離タイプの馬が使えない馬というわけではない。
ちなみに馬の感覚としては2000メートル以下が短距離、2000メートルから4000メートルが中距離、4000メートル以上が長距離だと調教師さんが説明してくれた。その区分をしたのが俺という事は知らない模様。1番競馬で盛り上がるのは4000メートルだから、中距離と長距離の間だな。
4000メートルに賞金の高いレースが集中していることもあって、中長距離の馬はライバルが多い。その分、短距離は手薄だから荒稼ぎができるかもしれないと調教師さんは意気込んでいる。この馬が大量に稼いだりしたら、この人にも結構な額のお金が入るようだし、頑張って欲しい。
「1番距離が短いレースと長いレースの距離はどのぐらいなの?」
「短いレースは直線500メートルですね。これは複数存在しています。1番長いレースは平壌10000メートルで距離は名前の通り10000メートルもある超長距離です」
「10キロも走るのか。いや、競馬を始めた時の最終目的は長距離を早く走れる馬を作る、だったから、目標は達成してるのかな」
彩花さんに1番距離の長いレースを聞くと、10キロだと返答された。1周2キロのコースを5周するようだ。10キロを12分ほどで駆け抜ける馬を大量に用意できる点は、日本が明らかに他国より群を抜いて優れている分野と言える。
青森で冬季戦の訓練を受けている不破野さんが手紙で書いていたことだけど、向こうでも寒い時期なのに馬は外を駆け回っているようだ。……そして降雪時限定だけど、弓騎兵が模擬戦で強かったらしい。時代を逆行するのも、ありかもしれないな。重装弓騎兵とかはコストがかかるから戦国時代でも避けていた分野だけど、馬が安価なら試す価値はあるか?
「……重装弓騎兵って、試したことはある?」
「ありますが、コストの問題と運用方法の難しさ故に消えていった兵種ですね」
そう思って愛華さんに聞いたら既に消えた兵種だった。騎兵科自体は残っているから、重装なのに弓騎兵という点が単に問題だっただけか。確かに運用方法は限定されるし、冬季限定で色々と考えていたけど、逆に言えば冬だけしか使えない兵種に莫大なコストを投じる意義は少ない。
「冬季戦用に馬や弓を用意するぐらいなら、冬でも車や銃を使えるようにした方が良いのは当然のことだな」
「今のままだと、氷点下以下で車を動かすことは難しいと思いますが」
「うん。まだ普通の環境で走らせることも難しいのに、冬に対応しろとは言わないよ。ただ、将来的には問題点になるはず。……飛行機も、高度が上がったら気温が下がるはずだけど大丈夫かな?」
複雑なものほど、氷点下以下の寒さに弱い。銃は結露したら不発になることもあるし、車は動かなくなる。その点は弓騎兵の方が強い。……馬は、0℃ならまだ動き回れるからな。工夫すれば-10℃ぐらいまでは大丈夫だったはず。
散々悩んだ末に、フラコミュとアラスカで戦うことを想定して冬季戦用の騎兵も用意することにした。現在訓練を行っている冬季戦用の特殊部隊とは分離して、新しい騎兵師団を編成する。銃や弓を扱える万能な武人を選出して、装備は頑強かつ軽量を目指す。具体的には、プラスチック製の防具だ。
石油の精製装置の改良にオーレリーさんが注力していた時、プラスチックは完成している。まだ熱や寒さに弱くて頑丈とは言えないけど、試行錯誤が大好きな今の日本ならすぐに軽くて頑丈なプラスチックを開発してくれるはず。出来なくても、プラスチックの分野の研究が進むなら、投資する価値はある。
「プラスチックは燃えないゴミになるから、生産量は抑えたいけどね。将来的には環境問題に繋がるし」
「防具として優秀とは現段階では言えませんので、大量生産は行われないでしょう。軽いのは確かなのですが、命を守るには心許無いです」
「それなら研究と開発を……今言い出すのは止めた方が良い?それとも予算会議の最中だから何とかなる?」
「継続して続ける必要があるのなら、言った方が良いと思います。プラスチック製の防具が無理でも、プラスチックの軽さと成型のしやすさは利用価値が高いです」
愛華さんと相談して、プラスチックの研究を追加してくれと言ったら無事に通った。どうやら俺の思い付き予算枠が今年度から出来るみたいで、想定内の出来事らしい。自由予算を研究費として各分野に俺が割り振っていたのに、まだ緊急用を別に分けて用意しておいたとか予算が思っていたよりも多い。
……こういう時のために、思い付きで使えるお金を自分で分けて置いておくべきだったな。しかしまあ、中国を併合して中国人を利用し始めるようになったからか今まで以上のペースで使える予算の規模が大きくなっている。その大半が、飛行機関係と海軍関係の技術開発に消えるけど。