第159話 特許
特許について、俺が持つ知識はあまりにも少ない。改変前の世界では特許を出願するのにもお金がかかり、特許を得るまでにはかなりの時間を要し、言葉の解釈の違いによって裁判沙汰になる、というようなことしか知らない。具体的な知識がほとんど無いから、制度の完璧な再現は不可能だな。
そう言えば、ゲーム機で十字ボタンやスティックコントローラーも少しの付け足しや工夫で別物と見なされていたか。ゲームの操作方法とか、随分と企業間で揉めていた気がする。あと、特許で縛り過ぎても業界全体の成長が阻害される恐れもある。……国が買い取るのも、一つの選択肢としては正しいのか?それにしては、あまりに発案者に対しての還元が少ない気もするが。
「豊森家に莫大な利益をもたらした特許を考案した人に対しては月に数十万円って、具体的な設定はしてるの?」
「特許の効果で月に1000万円以上の利益が出たと判断された場合、考案者に利益の約1%が還元されます。それ以下の場合は、評価に応じた金額のみですね」
「……じゃあ、利益が出ないような特許や効果の確認が難しい特許の場合は?」
「……買い取った時のお金のみとなります」
今の日本の特許は、全て豊森家が管理していると言っても過言では無い。買い取ったアイデアの一覧を流し読みしていると、ちょっと作業がしやすい手織り機や、無駄に機能がある十徳ナイフのようなものなど、様々な技術の元となりそうな考えが書いてある。
……あくまで買い取るのはアイデアだから、具体的な設計図とかは必要無いのか。具体的な設計図はあった方が良いけど、買い取る時の金額が高くなるだけで必須では無いようだ。この中から使えそうな、成立しそうな技術を探し出す部署も豊森家にはあるようで、少し勿体無いと思ってしまった。せめて、アイデアの考案者には設計図まで書かせて整合性があるものを買い取るようにしていれば、遅滞する技術は少なくなっていたのかもしれない。
改変前の世界で、ベンチャー企業が戦えるようになる特許の数は5つだったか?この特許も技術的な特許なのか、何か別の特許なのかも分からないからどうしようもないな。
「特許は他社に模倣させないことが役割だけど、今の日本だと模倣は悪じゃないのか」
「現状は外国の技術を見て盗んでいる段階ですが、改良を進めれば別物になると思います?」
「いや、国内の競合他社の商品の模倣とか、問題にはなってないの?」
「民間企業が競合他社の商品を模倣すれば、名声が地に落ちると思います。模倣する企業が存在しないので具体的にどうなるのかは分かりませんが」
国有企業が多いからか、技術は共有しているような状態だ。研究所とかでも一定の技術革新があると、今度は全員がその技術水準から研究開発を行う。現時点で田中さんのガソリンエンジンは最も優れているから、既に他の研究所では田中さんのガソリンエンジンの改良を行っている。仁美さんと会話していて感じたが、知的財産権などは意識すらしていない様子だ。
民間企業の特許が、専売の特権となれば技術はそこで止まってしまうという考え方は分かる。技術は公開した方が良い技術も存在するだろう。特許を公開したから発展した分野も、存在するわけだし。
……商品の完全な模倣が悪になっているのは、不幸中の幸いだ。法律で定められているというよりは、悪意ある者の存在を許さない社会の暗黙の了解か。外国の持つ特許とかも外交が拗れる要因になりそうだし、何か手を打ちたいけどどうしようか悩む。
「特許で思い出したけど、インスタント麺は作れそうだな。カップラーメンぐらいなら再現出来そうか」
「カップラーメン?」
「麺を乾燥させて、お湯で戻す食べ方が出来る即席麺のことだよ。お湯だけ用意すればラーメンを食べられる」
「お湯だけで料理を作る事が出来るなら、それは確かに楽ですが、可能なのでしょうか?」
「ノンフライ麺って言葉は知ってるから、油を使って揚げない感じで進めれば作れそうかな?」
ふと、インスタント食品なら作れそうだと思ったので仁美さんに伝えておく。最悪、株式会社の方ではカップラーメンを作れば何とか会社は保つだろう。ラーメン自体を俺が広めたから宣伝性は高いし、利便性も高い。
基本的に料理に関して、省ける手間は省くべきだとも思っている。インスタント麺は利用幅が広いので、開発には着手しておくべきだろう。それを国で行うか、会社で行うかは迷うな。特許に関する法の整備が出来れば会社で行いたいけど、別に模倣されたところで改良しないと世に出せないならそれでも良い気がする。
インスタント麺だけではなくて、フリーズドライも開発は出来るだろう。軍の携行食として、既存の携帯食料とどちらが良いかは分からないが、バリエーションが増えるのは良い事だ。クラッカーとカロリー○イトのような携帯食料が、戦国時代の時に開発したのにまだ現役なのは、あまり小隊ごとの単独行動を行わないからだろう。
軍全体としての食事は栄養が考えられた豪華な食事だし、戦闘時の食事も当日に作ったパンや干し肉などが中心で、携帯食料は軍人のおやつになっているような状態。インスタント麺が携帯食料として優れているかまでは、流石に分からないな。まあ、保存食としても有用だし開発は断行しようか。
「秀則さんは、料理にこだわる人だと思っていました」
「俺が美味しいと感じられるなら、手間に関しては不問だよ。インスタントラーメンも、有名店のラーメンも、どちらも好きだったからね」
料理にこだわっていた理由として、戦国時代の料理が不味かったことは仁美さんに伝えておく。あの頃の料理は、完全に素材の味そのものだった気がするな。管理社会なのに食事に対しての意識が高いのは、食が人に与える幸福度が高いからか、健康に繋がっているからかはわからないけど、非常に良い事だと思う。カップラーメンは売れるのか、ちょっと予想し辛いな。