第158話 自社生産
2月12日になってようやく、1月中の売り上げを確認することが出来た。何の売り上げかと言うと、ロシアから輸入したウイスキーやウォッカなどの売り上げだ。新年の祝いということで大々的に売り始めたためか、売れ行き自体は好調だ。初めはウイスキーに限定しようとしていたが、ウイスキーだけだと取引量が少なくなりそうなのでウォッカやワインなど他のお酒も纏めて輸入をすることになった。
ロシアのワインは、個人的に飲みやすいしお酒が苦手な人にも好評だ。渋みが少ないからか、甘いからか、とにかく飲みやすい。あまりロシアにワインというイメージは持ち合わせてなかったが、ロシア国内でもワインは結構人気のようだ。
「ロシアで1番人気なお酒はウォッカのようですが、日本ではウイスキーですね」
「ウイスキーもアルコール度数は高いけど、ウォッカは高すぎるから飲み辛いな。凛香さんはストレートで美味しそうに飲んでたけど、酒豪にしか無理だし、本当にアルコールの味しかしない」
「……あれストレートじゃない。半分ぐらいは水を入れてる」
「……同量の水を入れても35%ぐらいはアルコールじゃない?それを一気飲みとか、下手しなくても死ぬから止めて欲しい」
しかしワインの売れ行きはそれほど良く無く、人気はウイスキー、ウォッカ、ワインという順番だ。4位以下はシャンパンやブランデーが入る。甘いお酒は売れ行きが全体的によろしく無い。輸入品で利益を出すために値段が高くなっているせいだと思うけど、純粋に甘口のお酒が売れないだけか?
逆にウイスキーの売れ行きは良く、早くも色んな割り方が試されている。全体的に見れば、圧倒的に黒字だ。株主への還元も、思っていた以上に多く出来そうだな。過剰な還元にはならないように、調節はする予定になっているけど。
ロシアとの貿易会社は利益だけ見ると順調に立ち上がっているようにも見えるが、早くも社内では暗雲が立ち込めている。それはわざわざロシアから買わなくても自分達で生産してしまった方が儲けは出るのでは?と主張する人が出て来てしまったからだ。
正直に言ってしまうと、ロシアとの友好も目的の1つだから最悪この会社は存続さえ出来ていればそれでも良いのだ。しかし株式会社のモデルケースも兼ねているために利益が少ないと今後、株式会社の魅力は激減してしまう。両方の目的を達成しようと欲張ったために、非常に悩ましい局面を迎えてしまった。
「自社生産は数年もすればウイスキー、ウォッカ、ブランデー辺りがロシアからの輸入品に追い付く可能性もある。……本当に発酵食品の分野は発展しているから、原材料さえ分かってしまえば何とかなってしまうのか」
「ロシア国内に販売する時と同じ値段で買い取っているため、仕入れ値は思っていたよりも高くなっています。貧困層が飢えているので食糧難にも見えましたが、食糧生産力が劣っているわけでは無さそうです」
「食糧はわりと安くで買い叩かれた感じだったし、交渉が下手過ぎたな。向こうも馬鹿じゃないから際限なく食糧を輸入して価格崩壊を招くようなことは無かったし」
「……自社生産は、しない方針で良いですか?」
「ああ。他の民間企業がウイスキーやウォッカを真似して作るようになったら、別の品物の輸入量を増やすと共に、ロシア製ということをブランド化して売り出そう」
美雪さんと会話している時に教えて貰ったけど、今の日本では意外なことに特許制度のようなものが存在している。もちろん別の名前だったけど、新しい何かを考え付いた人は、豊森家に行きアイデアを買って貰って特許になるという仕組みだ。……民間企業を起業して、特許を盾に専売をすることは出来ない仕組みにもなっている。
新しい何かを考えた人に、報酬が無いわけではない。特許をランク付けし、20年の間は評価に応じた金が豊森家から出る。特許期限が20年なのは、アイデアを出せる人が働かなくなることを恐れているとか。ほとんどの場合、仕事を辞めて豪遊することは出来ないようだ。
最高評価の特許でも月に数十万円という非常にリーズナブルな価格なので、特許の価値は非常に低い。豊森家が特許を承認する立場でもあるから、豊森家に買い取らせなかったらどうなるのかも察しは付く。……特許についても、色々と考えないといけないな。たぶん、技術の停滞を招いた一因でもあるだろうし。
外国の特許とか、この感覚だと存在の認識もしていないはずだ。外国の商品の特許を律儀に守る必要があるのかは、国益と相談になるけど。そもそも、ロシアのウイスキーやウオッカに特許があるのかは不明だし。企業の商品としての特許とか、まだ外国でも存在してなさそうだ。
……この仕組みだと、民間企業が成長する下地が整って無いな。むしろよく戦えている状況だ。自社ブランドだけで会社を保っているようなものだし、豊森家の非道な一面が垣間見える。
お酒の自社生産を行えば外交的には損しかしないので、しない方針で固めるけど後味が悪い。フランスの重油で動く船舶用エンジンを真似ている現状とか、思いっきり特許を侵害してそうだな。知的財産に関する意識が低いのは、今までの問題とは別ベクトルの問題だ。よく考えてみたら、飛行機とかの特許はどうなっているのだろうか。俺がノートに書き残したのは、精密な設計図では無いからなぁ。
世界から日本は爪弾きにされていたし、俺自身に特許に関する知識が少ないので、今から世界各国に特許があるのか調べようか?例えばプロイセンやロシアに特許が存在したとして……いや、面倒なことになったら自力で開発したと言い通すから結局は無駄になりそうだ。
とりあえずは、国内での特許について考えないといけないか。せめて一度ぐらい、真面目に特許について調べておくべきだったな。