第151話 規制
実験前にはマスコミについて色々と負の面の講釈を垂れ、偽情報の実験中はかなりの混乱や衝突を生んだのを目撃した。そんなマスコミだけど、それでも必要なものだと俺は思っている。だからこれから新設されるであろう新聞社に対して、意図的に陥れるような記事を書いた場合は罰金を支払わせる、新聞社の真実性を豊森家でランク付けする、というような対策を考えたところで、思考が止まる。
……これは、改変前の某国大統領が実際に行おうとしたことじゃないか?
彼は嘘のニュースを許さなかった。罰金を設けられるなら、設けたかったのだろう。動きの早い国は、実際に虚偽の情報を拡散した者が有罪となる法案を成立させた。検閲を合法化と書けば、悪い印象を持ってしまうが、発信者が誠実さを守れば何の問題も無い法案でもあるだろう。
規制について、どんな罰則にするかは重要だ。それに、どこまでが虚偽となるかの基準決めは、かなり難しい。しかし規制をしないという選択肢は俺の中で存在しないので、とりあえず検閲とはならないように簡易的な規則を組み上げていく。
「切り取ることで、発言の意味が変われば真実性は損なわれる。そこを評価の基準にしたい」
「良いと思います。……我々も、都合の良い様に切り取っていましたからね。悪意を持って切り取った記事が、まさかあそこまでの騒動に発展するとは思いませんでした」
「あらかじめ他の地域で『奈良の○○村で情報の負の効力を試します。生暖かい目で見守ってあげてね』みたいな通告をして無かったらヤバかったな。すぐに誤解も解けたけど、情報の発信者には資格を必須にすることも考えたぞ」
愛華さんに、切り取ることで発言の意味が変わるかどうかを基準にしようと提案すると、賛同を得られたので方向性としては真実とどう違うか、が焦点になりそうだ。資格についてはどうしよう?まだ本格的に考えて無いけど、酷い場合は……マスコミの切り取りが酷いという状況で資格を作ります、と言う方が問題になりそうで怖いな。
情報の歪曲として度々話題となる切り取りは、仕方のない面もある。発言内容の全てを一字一句違わずに書けば新聞だと紙面が足りなくなるだろうし、見出しはどう足掻いても切り取らないと収まらない。ラジオやテレビだと時間的な拘束もある。しかし切り取る前と、切り取った後との差を減らす努力はマスコミが行うべき努力だろう。報道しない自由とか少数意見の方が大事だとか……「我々は誤解を生むとは思ってなかった」「我々が不利になる報道はしたくなかった」を通じる世の中にしたくはない。
新聞社のランク付けは、提案した俺が言うのも変だけど豊森家に媚びを売る新聞社が出て来て問題になる可能性が高い。そもそも真実と記事を比べると言っても、どうやって真実を決めるのかも問題だしな。
「……最初から最後までの発言を書き出した物ならあるから、それと比較させるか?」
「比較した時にたまたま偏向報道をしていた場合、正当な評価にはならない気がします」
「たまたまでも偏向報道をしている時点でアウトだろう。高頻度で検査を実行していけば、正確な順位付けは出来ると思う」
仁美さんとも話し合った結果、豊森家の重要人物の発言は記録されることも多いので書記の記録した内容と記事に差異がどれぐらいあるかを比較することになった。そしてこの抜き打ち検査は、都合の良い切り取り方も問題視することにした。
豊森家の発行する新聞も、真実性の高い物にするという意味だ。せっかく上手くいっている管理社会を、これで壊してしまう可能性もある。しかし将来的に、公的な情報機関だけでは民衆が収まり切らないことを俺は知っている。パソコンやインターネットが何十年後になるかは分からないが、その時になって初めて解禁するよりかは早い方が良いはずだ。まあ、民間の新聞社の解禁自体が数年後になる予定だけど。
「見出しに関して、多少意図が変わるくらいの切り取りは看過するけど、線引きはやっぱり難しいな」
「……民間で新聞を発行出来るようになったとして、複数の新聞社が存在する意味はありますか?」
「より詳細に書く記事の分野とか、立ち位置とかでも差別化は容易だよ。そんなに大量の新聞社が設立されるとは思えないけど、現政権に批判的な立ち位置の新聞とか、実際に存在していたし。……少なくとも俺は、民衆に敵を作らせるような記事を書く新聞社は嫌いだけど」
「民衆の敵、ですか」
彩花さんが民衆の敵という言葉に引っかかりを覚えたので、この機会に持論を伝えておく。
「この際だから言うけど、弱者を虐げるのは人間の本能みたいなものだ。ストレスの発散方法としては、たぶん1番効率が良い。そんなことは無いと言うなら、この世から虐めや差別が無くならない理由を教えて欲しい。というか外国人を虐げている時点で、今の日本人がそんなことは無いとは言えないけど」
「そんなことは……え?あれ?
情報の発信者は、敵を作らないといけないのですか?」
「……んー、彩花さんのその結論は何段階飛ばしたの?」
マスコミは分かり易く敵を作ってくれる。マスコミは、民衆に何回叩いてもそれが正義となるような敵を作ってくれる。逆に言えば、敵がいなくても創出しなくてはならない。そうじゃないと、情報が売れなくなってしまうからだ。民衆は民衆の敵を欲しがる。無遠慮に叩くことが出来る弱者を、マスコミは作ることが出来る。この関係性を俺は作りたくない。
……まあ、人の悪口が話題として盛り上がるのと同じだな。上から目線であれこれ言ったり、指図したり、馬鹿にするのは、言う側にとって心地の良いものだ。言われる側が辛いから、悪口や上から目線は良く無いから、無くそうとは言うものの、人間としての本質が変わらない限り完全に無くなる事なんて無い。今、現状で思いつく唯一の解決方法は、人の全行動を監視する事だな。現実的では無いけど、今の日本なら実現してしまいそうな雰囲気はある。
人の悪口なら勝手な想像で語られても大きな問題には発展しないかもしれないが、民衆に勝手な想像や捏造で国が悪いと語られるのは大問題だから、規制が必要になってくるわけだ。最悪の場合、問題では無いことで謝罪をさせられることも、濡れ衣で罪になることもあるしな。
とりあえず今回混乱させてしまった村には謝罪を行うとして、豊森家の新聞も今から真実性を向上させた物にするということが決まった。まあ、そこまで都合の悪い部分をひた隠しにはしていないようだから、何とかなるだろう。
……流石に戦時中は、検閲すると思うけど。その時までに国民意識がどういう変化をしているのかは重要だな。