第147話 初詣
1月2日の昼過ぎ、ようやく豊森邸への参拝客が減って来たので京都にある神社へ行く。安産祈願を初詣で済ませるというお参りとなるが、元旦を避けて良かったと思えるほど人が多かった。既にお腹が大きくなり始めている彩花さんは、少し動き辛そうだったので歩くペースはゆっくりだ。予定日が4月の上旬なので、2月いっぱいで親衛隊を辞めてしまうらしい。
親衛隊を辞めても、豊森邸にはずっと住むようなので彩花さんと離れ離れになることは無いけど。ちなみに彩花さんの貯蓄は将棋や囲碁の大会で荒稼ぎしているため、一生働かなくても良いぐらいには貯め込んでいる。それでも子供がある程度成長したら、復職を目指すそうだけど。再就職が容易だから、とりあえず再就職しようという感覚を持てるのは良い事だな。
彩花さんの後任の副隊長には怜可さんが収まる予定だ。社長令嬢のお嬢様というイメージしか無いが、優秀な人なので彩花さんの後釜は務まるはず、とのこと。教養はありそうだから大丈夫だろう。そもそも、愛華さんがいればある程度は大体何とかなるし。
境内に入ると神社には賽銭箱が無く、紙幣が入ってそうなのし袋が山積みにされている台が置いてあった。どうやら台の上にのし袋を賽銭として納めるようなので、俺も真似をして奉納しておく。一般的には100円~1000円が相場とのことなので、ちょっと多めに入れておいた。俺のせいで正月以外は閑古鳥が鳴くような有様だろうし、豊森家に認められている神社ということはこの賽銭から何割かは税として豊森家に入るからな。
……賽銭箱が撤去されているのは、風景的に少し違和感がある。紙幣しか無いけど、それでも賽銭箱の方が防犯性は高いだろう。今のままだと台の上に置いてあるだけなので、盗もうと思えば簡単に盗めてしまう。盗んだら窃盗の罪で逮捕されるだろうけど、不用心だと思ってしまった。この衆人観衆の中、盗むのは難しいのか?
「一応、本殿から監視はしていたでしょう。1年に1回の稼ぎ時ですから。それに、盗もうと思う人はいませんよ」
「それなら国民性が良い方向に育っているから心配ないけど、1年に1回の稼ぎ時かぁ……」
「正月以外に神社へ来る人はあまりいませんからね。それこそ安産祈願や合格祈願の人しか正月以外は来ませんが、それも正月に済ませてしまうことは多いです」
「安産祈願は正月以外も多いだろ?……ああ、そうか。4月5月生まれが多いから、1月は安産祈願にちょうど良いタイミングなんだ」
愛華さんも、神を信じないタイプの人間のわりには分厚いのし袋を納めている。その後は仁美さんと彩花さんの安産祈願を行った。本来は妊娠5ヵ月目に行うそうだけど、別に時期はお腹が大きくなっていたらいつでも良いそうだ。お守りや帯みたいなものも貰い、祈祷料込みでお値段1人1万円。2人で2万円だから思っていたよりも高いし、別に正月だけが稼ぎ時でも無さそうだな?
せっかく神社まで来たので、おみくじも引いていく。こちらは1回100円と良心的な値段設定なので、引いて行く人は多い様だ。籤を引いて、その場で巫女さんから折り畳まれた紙を受け取る。
「……恐とか初めて見たんだけど」
「凶ですか?ええっ、恐!?」
「仁美さんも、初めて見るの?」
「……初めて見ましたね。おそらくこの神社では、1番悪い結果です」
「神社側にとって、俺の存在自体が恐だろうから別に良いけどね。愛華さんは落ち着こうか」
おみくじを渡されたので、開いてみると運勢の欄には一文字「恐」とだけ書かれていた。仁美さんによると大凶より悪い結果らしく、引いてしまう確率はかなり低いとか。神社の人に聞くと、脅えた表情で1000人に1人が引いてしまうと言っていた。
相当悪い結果ということを知った愛華さんが引き直しを提案してきたけど、引き直しても悪い結果しか出ないような気がするから素直に結んでおこう。というか愛華さんはおみくじリセマラ肯定派か。大吉以上が出るまで引き続けてるとか言ってるし。
一応、出産の項目を読んでおくと「さわりなし 安産」と書かれていて、病気の項目には「おもし 治る」と書かれていたので一安心。しかし他の項目は悲惨だったので読まない方が良かった。やっぱり神様とかいないわ。
「大大吉です!」
「……彩花さん、選んで引いてないよね?」
「やろうと思えば出来ますが、こういう時は運に任せますよ」
「やろうと思えば出来るのかよ。凛香さんは、おみくじどうだった?」
「……吉だった」
「吉か。この神社だと中間だっけ?まあ悪く無いから良い方か」
100円で楽しめるのなら、おみくじにも意味はあるだろう。実際、運が試されていると捉えれば、整合性がないわけではない。運が良いのか悪いのかは、将にとって重要な要素だったしな。各項目は、良いように書いても悪いように書いても当たるものだし、気にしない方が良いのは分かってる。しかし重要な時期に商売の項目に「思いがけぬ損あり 試行錯誤せよ」とか書かれているとちょっと怖い。
彩花さんのおみくじには「時節を選べば必ず成功する」という当たり前のことしか書かれて無かったし、大大吉にしてはあまり良い事が書かれて無かった。逆に凛香さんは「精進せよ」とは書かれていたが、各項目は良い様に描かれていた。……凛香さんに精進しろとか、俺でも言えないんだけど。
おみくじの結果が良く無かったので、凛香さんや愛華さんと一緒に木と木の間にぶら下げられている紐に結ぶ。愛華さん、大吉以外は結んで帰るそうだ。基準としては、吉以下を結ぶのが一般的らしい。逆に中吉を引いた仁美さんや大大吉を引いた彩花さんは持って帰るとのこと。
……凶はまだ出やすいと言っていたけど、恐か。何事もなければ良いけど、何事かあるのだろう。神を信じていないのにおみくじで一喜一憂するのも馬鹿らしいが、運が無かったのは事実だ。