第144話 民族主義
日本民族と漢民族の違いで、1番重要な項目となってくるのは言語だろう。日本語と中国語は似ているようにも思えるが、その成り立ちは大きく違う。
漢民族は古代から文字を使い、独自の進化を遂げて行った。文明を持つ過程で、文字の必要性を感じて文字を自作したのだ。一方で日本民族は大和言葉に、先行していて便利そうな漢字というものを取り入れ、その漢字から更に使いやすいように文字を生みだしている。当たり前のことだけど、意識して比較してみると違いがよくわかる。
そして日本民族は、様々なルーツを持っている。大陸から移り住んで来た人は多く、漢民族の血が少なからず流れている者は多い。蝦夷や琉球を支配した時、現地民を同じ日本民族だとは思えなかったけど、今では日本民族として生きているし、これは改変前の日本でも同じだろう。
民族の定義は、同じ人種とか宗教の一致とか色々とあると思う。だけど最重視する項目は、言語だ。だからこの日本は、日本語の強要を行っていたのだろう。外国人同士の結婚を許さなかったのは家庭内でも外国語を使わせないようにするためだと、愛華さんはそう認識し説明してくれていた。日本語に統一してしまうことが日本人化には手っ取り早いから、同じ民族にするために、外国人同士の結婚を許さなかったのだ。
……強制移住への反対活動と同時期に、別の事件が発生していた。場所は上海で、移住した日本人男性が合意無しに中国人女性を襲ったのだ。この中国人女性はまだ挙式こそしていないものの、お付き合いをしていた男性がいた。その男性が、中国人だったのだ。
そしてこのことが原因で中国人の蜂起が起こり、戦闘が発生した。日本人男性は軍法会議の結果、お咎め無しとなっている。おそらく正式な裁判でも、問題無しと判決が出るレベルで外国人の人権は考えられていないのだろう。
「……仁美さんは、本当に問題無しで良いの?」
「万が一中国人が日本を占領していたとすれば、日本人女性が中国人男性の慰み者になっていたでしょう。そもそも移住する日本人の独身男性の目的は、嫁探しです」
「男が余っている状態だから、か。凌辱は禁止じゃ無かったっけ?」
「軍の凌辱は禁止ですよ。それに、外国人相手に犯罪行為をしても無罪になるわけではありません。となれば、単に男性が嫌がる女性を襲ったという状況では無いでしょう」
まず、日本国内の話だけど一夫多妻制という制度がある以上、独身の男性は多い。女性の生涯未婚率は1%を余裕で切っているが、男性は2割を超えている。その中には優秀だけど好かれない人や、チャンスがことごとく潰れているような人もいる。
旧中国領に強制移住させられた人は多いけど、前段階として移住希望者を募っていた。その移住希望を出しやすいのは独身男性で、目的は嫁探しになる。外国人同士の結婚が許されていないから、いるのはフリーな女性だけということだ。既婚者を別れさせるようなことはしていないから、そこだけは評価できるけど、それ以外は色々とヤバい。
いや、既婚者でも子供は没収というか、豊森家が育てるからヤバいことには変わりないか。新しく生まれる外国人の赤ちゃんとか、1から10まで豊森家が育てるらしいし。
……襲った日本人男性も襲われた中国人女性も、お互いに相手の国の言葉で会話が出来なかったのかな?既婚者と未婚者で女性を区分して未婚者の女性を独身男性に宛がった結果、不幸な結末を迎えたということだけど、詳細な情報は入ってないから日本人男性が100%悪いと決めつけることは出来ない。
今回の蜂起で、被害に会った女性の彼氏は死亡した。訴えれば何とかなったのかもしれないが、怒りに身を任せて暴動を起こした時点で日本人からすれば始末する敵になる。結局世論が変わらないと、名誉日本人とか規定を作っても一緒だという事だな。
というか名誉日本人の規定は既に決まって公布もしたのに、未だに施行段階で延々と揉めている感じだ。中国人に対しては段階的に導入すると言われた以上、ある程度の覚悟はしていたけど、一部の人は民族ごとに適用範囲を決めようと言いだしている。他の指示は受け入れられるのに、フランス人は受け入れているのに、異民族に対する認識について隔たりを感じる。そして異民族が嫌いなのに、行為をするのは積極的という。
……弱者を虐げている側は、虐げていることについての罪悪感が無い。1番分かり易いのは「お客様は神様です」という言葉が広がったせいで弱者になった生産者と強者になった消費者の関係だろう。元々は接客業で使われる言葉では無かったが、いつの間にか消費者側が偉いという風潮に変わっていった。
そのせいで、生産者に理不尽な要求をするモンスタークレーマーが生まれた。おそらくモンスタークレーマーに、弱者を虐げているという感覚は持ち合わせていない。しかし「お金を払っている側」という認識が、自身は偉いグループに属していると思い込む要因となる。
そして自身が偉くなったという気になって、相手を見下す言葉が出る。最近はようやくクレーマーへの風当たりが強くなったと思ったら、企業側の怠慢も目立ち始めたからこの話は一概には言えないのだけど。それでも消費者が生産者を虐げていた時代はあったのだ。
きっとこの日本において、日本人は無条件で外国人より偉い存在なのだろう。それは外国とは戦争続きの過去しかないから嫌い合っているわけでは無く、単に日本人は外国人よりも日本に貢献をしているからだ。厄介な事に、大多数の外国人は日本人と比べて日本に貢献しているとは言えない状況になっている。
フランス人が優遇されている理由もそこだったし、逆に占領後、問題行動が多い中国人の評価は下がりっ放しである。もしも相手がフランス人の女性であれば最低でも罰金刑だったでしょうという愛華さんの言葉に、俺は頭を抱えた。
……もうすぐ正月だし、小難しいことを考えるのは止めたいけど、思考停止もしたくないというジレンマに陥りそう。