第143話 師走
2020年の12月に起きた大きな事件は2つだ。
1つ目は、イギリスに住むロイズ=ジョージアさんからお手紙が届いたこと。ちょうどイギリス人の難民の9割以上が日本人として住むことを決意したという報告が届いた時期だったので、手紙を開くまでは緊張した。内容は、日本と色々な情報交換を行いたいというもの。とりあえず、バンクーバーから難民が大量に来たことは伝えることにした。
もうすでに番号を割り振り、何らかの事業に携わるよう配置転換をしていた時期だったので日本としては損しかしてない。送還するなら、何か見返りを要求しても良いかもしれないな。
ロイズさんは、マンチェスターに住む国会議員的な存在らしい。マンチェスターは聞いたことがあるけど、正確な場所までは答えられないな。確か、改変前の世界ではサッカーが強かったはず。ということは、イギリスの中でも大都市と言えるのかな?
若いのに、世論を味方に付けて派閥も作れる優秀な人間だと自画自賛していた。それを密書に書く時点で優秀とはとても思えないけど、愛華さん翻訳なので意訳や冗談が通じて無さそう。……達筆過ぎる筆記体で書かれているとか、例えどんなに簡単な英文でも気後れするので、愛華さんに読んで貰ったのだ。せめて教科書に書いてあるような活字で書いて下さい。
まあ、世論を味方に出来るのはマスコミが多そうなイギリスにおいて凄いことだとは思うけど。民主主義で一定の文明度なら当然、マスコミは存在していて、隙を見せた瞬間に転落する。そう考えると日本を許していないイギリスにいる、一介の議員が日本に手紙を送るというのはかなりリスキーだな。
……新聞を未だに豊森家が独占して発行しているのは、民間の新聞が如何に危ういかを想像できるからだ。例え100の正しい選択をしていても、1のミスで叩かれてしまうようになる。1000の正しい選択をしていたとしても、民衆はそのことを何も知らない状態になる。
マスコミが発達してしまえば、上の人間は完璧を求められるようになる。俺自身、その点はマスコミ社会の弊害だとも思っている。そもそも、完璧な人間なんていないからな。豊森家は完璧な人間というものを作ろうとしていたみたいだけど。
手紙にはイギリスの現状として、日本にとっては有益な情報が書かれていたが、オタワで10万人がフラコミュに投降してしまったことや、アフリカ大陸の植民地戦争が辛いという国の弱音を曝け出している。意図が見え辛いが、困っていることをアピールしているのか?失業者も多そうな感じだし……グレートブリテン共産党の勢力が増しているとか、もしかして赤化しそう?
思っていたよりもずっと、イギリスは脆弱な社会のようだ。手紙の内容を全面的に信じるわけではないし、裏付けは取りにいくけど、ある程度は信じても良さそうだと考えた。仁美さんや美雪さんもイギリスとの関係構築には前向きな模様。十数年前まで戦っていた国だから、日本の国民の中に反英感情が残っている人は多いはずだが。
2つ目の事件もイギリスと関係していて、アフガニスタンとチベットで反英独立運動が起こった。内容としては過去にあったという南アフリカ王国の独立と同じような流れだな。アフガニスタンに関してはペルシアが、チベットに関しては故中華民国が独立を促していたとのこと。
日本は関与する暇が無かったが、アフガニスタンはペルシアと国境を接しているようなのでアフガニスタンの戦略的重要度は比較的高い。しかしアフガニスタンの国民のほとんどはイスラム教徒で、日本とは文化的に折り合いがつけられない国だろう。物量で押し潰してしまうのもありかもしれないけど、まだ中国の鉄道網を構築していないからそれも難しい。
……ついでに言うと、アフガニスタンの内部は共産主義者とイスラム原理主義者とイスラム教徒がひしめき合っているから、流石にイギリスもアフガニスタンは手放すだろう。チベットはイギリスが手放すとは思えないから、インド軍が介入するだろうな。アフガニスタンの情報は故中華民国の情報でもあるから、正確性は乏しいかもしれないけど、独立したら宗教戦争も始めそうな雰囲気だ。
全体的にこの世界が赤化しているのは、大多数にとって共産主義は都合の良い夢だからだと思っていたけど、それも違うような気がして来た。フランスで民主政が打倒されたのも、イタリアで王政が打倒されたのも、権力者がいたから潰れたような気がする。……マスコミが発達すればするほど、権力者へのヘイトは蓄積する。一旦、大衆に流れ出てしまった文化をせき止めることは難しい。
その点、イギリスのロイズさんはマスコミを上手く使っている。老人への年金制度や健康保険などの導入という弱者救済措置を行ったのは、マスコミを最大限に活用したかったからだと思う。健康保険の導入は、日本も真似をして良いかも知れないな。……いや、国が薬を売っているから必要ないか。医者も、国が雇っているからぼろ儲け出来る職業では無くなっている。
それでも医者の待遇はかなり良いから、国も医者が重要だということは分かっている。化学分野もフランス人達のお陰で解明されて来た事象は多いから、よく分からないけど治るという現象の解決にも繋がるはずだ。
他にも規模の小さな事件として中国人の蜂起が散見されたが、無事鎮圧された。武器も接収されているはずだから、鍬を持って反抗したのかな?一部地域で、強制移住に反抗的な勢力がいたとのこと。
まあ、街ごと強制移住とか普通は考えられないよな。……平然と行える日本人の方がおかしいはずなのだけど、このおかしいと思える感情がどんな基準でおかしいと思っているのかも分からなくなってきた。