表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/425

第140話 薄氷

ある日、壮年の男性と子供のような女性が壇上に立ち、討論を行っていた。


「人を殺す選択肢を設けることは、命の選別するということになる。それを私は高慢だと言っています」

「では、人として生きる用意をしろというのは高慢では無いのか?」

「…っ、弱者への救済を強制している訳でも無ければ、高慢でも無いです。同じ人だから、手を差し伸べる人は増えるはずです」

「嫌と言う人間に、愛情を強制させることが出来るのであれば今頃はもっと優秀な人間が増えていただろう。残念ながら、大人になっても糞尿を撒き散らすような人間に、そしてその後片付けを自分で出来ない人間に、愛情を持って接しろと言われても私には無理だし、私のような人間の方が多い」

「それは、老人も同じことじゃないですか」

「老人と障害者を同一視するつもりか?社会への貢献をしたかしていないかの差は、非常に大きいと私は思うが?」


1人は恒一郎(こういちろう)さんという林業関係の予算編成の全権を委任されている人物であり、もう1人は一般人から意見を聴取するために呼ばれた島津さんである。


いつぞやの豊森家会議の終わりにあった返り血事件で顔面蒼白になっていた恒一郎さんは、議論の本格化を始めた時には間違いなく弱者救済の概念を保持していた。たぶん、34票の内の1人だったのだろう。しかし途中で最初から弱者である者への救済を強制化するのは平等さに欠けるとし、あまりにも酷い場合は排除すべきだという思考に至った。


意外と、意見を変える人は多かった印象だ。今の日本では、議論中に納得すればその場で意見を鞍替えすることも多々あり、中には1日で二転三転したような人もいた。それだけ難しい議題だったし、納得して引き下がることが出来るのは結構凄いことだとも思った。どちらの立場に立っても、相手を言い負かす勢いで意見を出せるのも凄い。


そして、島津さんと恒一郎さんの討論の結果は分かり合えない、という結論に至っている。今まで豊森家の中だけで討論した時と結果は変わってないが、討論の内容は弱者救済が不公平か否かだったので聞いていて新鮮に思えた。


……重度の精神障害者は、常に1人以上の人間が支えていないと生きていけない。技術開発が進めば何とかなる可能性も秘めているが、そんな世界は今の日本だと100年先でも難しいだろう。逆の見方をすれば、重度の障害者を人として生かす場合、1人以上の人間が常に支えてくれる特権を持ってこの世に生まれてくることになる。


これを特権と言うかで、再度揉めた感じだ。というか議論を始めてからずっと、揉めたことしかない。ここまで豊森家が分かれて議論したことも珍しいと仁美さんが言っていたけど、むしろこの議題レベルじゃないと分かれないのか。


「秀則さんは、何か意見を挟まなくても良かったのですか?」

「仁美さんは分かってて聞いてるよね?俺が何か言った瞬間に、今までの議論が無に帰すでしょ?そんな勿体無いこと出来るわけ無いじゃん」


俺は今回、本当に何も言わなかった。何か口を挟んだ瞬間、そのことが絶対的な正義になってしまうなら口出ししない方が良いだろう。そもそも、俺にも正解が分からなくなってきたしな。改変前の倫理観が絶対的に良い物だとして主張をし、議論を消し飛ばしてしまうのは何か違うような気がした。


「この試験で25点以下ということは、試験の意味も分からないんじゃないか?」

「意味が分かるか否かも試験の内です。点数に関しても細分化されているため、意思疎通が困難な方でも点数が取れる可能性はあります」

「……鉛筆を握れた時点で、0.5点分はあるのか」


最終的に養育の放棄が出来るのは先天的な重度の精神障害者だけだと、一先ずは決定した。軽度、中度の障害者に関しては今まで通りに職を与える方針で落ち着きそうだ。試験に関しては少なくとも文章を読むことや書くことが出来れば、中度にはならなさそうな試験になっている。


軽度であれば、1つの命令だけを実行できる人間なので何かには使えるという判断だろう。中度でも自発的な行動が出来るのであれば、それを活用する方法はある。


国有企業の中には、軽度や中度の障害者を上手く社会に取り入れるための会社も存在している。扱い的には公務員だな。一方で、民間企業に採用されることは絶対に無い。ただでさえ経営が苦しい会社も多いし、少数精鋭の社員達でライバルである同業他社と戦っていかないといけないのに、そんな余裕は存在しないということだ。


……誰かさんがロシアと大規模なお酒の取引をしようとしているから、早くもお酒などを販売する飲料関係の民間企業には緊張が走っている。設立した株式会社は国有企業が醸造したお酒を買って輸出するため、民間企業は今のところロシアとの貿易にメリットが存在しない。


早く外国の企業と取引するための制度も作りたいけど、一般人の方が外国人嫌いは酷いから、許可が出るようになっても貿易が活発化するのかは怪しい。そもそも、許可を出せる代物の基準決めとかかなり時間がかかるだろうし。


向こう側が衛生管理を気にしていなくても、俺が気にするから、信用を得るために輸出する物の管理はしっかりと行いたい。輸入物の検査も必要だけど、アルコールが含まれているお酒ならある程度は緩くても問題無いだろう。


……軽々しく貿易とは言ったけど、実際に物と物を交換するだけでも問題は山積みだ。国を跨いで商品が行き来するから、国の信用にかかわるし、コストは大きい。本当は、輸入すべきものだけを選別して輸入するべきだ。安易に嗜好品に走ったのは、少し不味かったのかもしれない。貿易会社は形にはなりそうだから、後は問題が起きないことを祈る段階まで来ているけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ