第136話 難民
参謀本部へ行った日の翌日。豊森家の面々が揃った緊急会議が行われた。一通り揃っているかと思えば1番重要な美雪さんが本土の外に出ているのでこの場にはいない。昨日挨拶に行った参謀総長の将寛さんとは2日続けて会うことになったが、相変わらずの強面である。喋ってみるとどこにでもいそうな気の良いおっさんだけど。
会議の内容は当然、イギリスから難民が押し寄せたことについてだ。16万人というイギリス人は虐殺してしまえば外交問題に発展する可能性が高く、下手をすれば幅広い国境からイギリス軍が雪崩れ込んで来る可能性まである。現状は大人しく恭順しているようだけど、アラスカを統治している領主が難民をどう扱っているか詳しく分からないから困る。とりあえず、領主について仁美さんに聞くか。
「……アラスカを統治している領主って誰?」
「現領主は酒井 竜太郎ですね。由緒ある家系の方ですが、能力的には凡庸です。どちらかと言えば温厚な方かと」
「戦闘が発生している時点で温厚では……ああ、丸裸にする時に抵抗してきて喧嘩になっただけなのか。とりあえず受け入れる方針で行くけど、イギリス本国に知らせるか知らせないかも話し合って欲しい」
イギリス本土が事態を把握しているかは分からないけど、向こうからのアクションを待つか、こちらから伝えてみるかの二択だな。16万人という数の国民は、国全体の経済活動にも影響を与える数字だ。……それだけの難民が出るということは、とうとうフラコミュがアメリカ大陸の主権を握ったということだ。戦争は、もう終わったと見ても良いのか?
「戦争自体はまだ継続中のようですが、北アメリカ大陸のイギリス領で最大の拠点であるオタワという都市が陥落し、十数万人がフラコミュの捕虜となったようです」
「オタワは、確かここら辺だな。カナダの首都だったから覚えてる。五大湖の少し右上の辺りだから……いや、もうこれイギリス軍が詰んでる状態だな」
将寛さんがオタワの陥落を伝えてくれたので、オタワの位置を指し示すと将寛さんの顔色が変わった。たぶん、オタワの位置が想定とは違っていたのだろう。確かにこの位置の拠点が落とされるのなら、イギリスはかなり押し込まれている。外国の都市の位置に関しても、知っている限りは教えておこうか。改変前と一緒とは限らないけど、ほぼ一緒だと思っても良いだろう。
難民達が持って来た情報を列挙すると、まずイギリスが財政的に苦しくなっているということ、新大陸ではイギリス軍が維持できないほどの劣勢であること、海上輸送が途絶えていることなどが重要な事柄だろう。特に海上輸送が途絶えているということは、イギリス軍は物資の補給がままならない状態で戦っているということだ。
確か、3年前にリスボン沖海戦でイギリス、スペインの連合艦隊がフラコミュ相手に大敗北したんだっけ。その影響は確実に出ているだろう。以降も輸送艦隊は度々襲われている感じだし、均衡を保っていたイギリス軍が弱体化するには十分な理由に思える。
「それでも3年間は戦線を維持できた辺り、イギリス軍も精強だな。……イギリスとの関係改善って望めないんだよね?」
「使者が帰って来てないですから、殺されたか投獄されたかのどちらかです。懐柔されたとは考え辛いので」
「案外、札束でビンタされたら堕ちる人間は多いけど、そんな人間を大日本帝国の使者には選ばないか」
俺がこの世界に来てからロシアやメキシコを中心に外交関係を正常化させようとは試みたが、現状ロシアとプロイセンしかまともな会談が出来ない状況だ。プロイセンとは差しの会談をいつか行う予定らしいが、いつ実現するのかは不明である。
指示を出した時はまだ日本の立場や社会を具体的に知らなかったとはいえ、使者に門前払いも生温いような対応をされるとは思って無かった。過去の植民地戦争で、荒らし回った罪は重い。
そんな中でイギリスは、日本を1番恨んでいる国だ。16万人という規模の難民を保護したから帰すと言っても、色々と疑われそうな雰囲気だし、こちらからイギリスに難民達を伝えるかは迷う。
そもそも、この16万人の中に高等教育を受けた者がほとんどいない。日本領のアラスカのすぐ近くにあるバンクーバーに住んでいた住民が中心らしいが、高校を出た人間が33人しか居ないとは思わなかった。まあ、高度な教育を受けれるのは金持ちだけか。そう考えるとフランス人達は優秀な人が多かったな。純粋に、金持ちの子供が多かっただけと考えることも出来るけど。
労働力であれば間に合っている分野も多いし、今の方針と照らし合わせて協議した結果「イギリス人の誇りを捨てるなら入国を許可する。イギリスからのアクションは待つが、基本的に返還しない」という結論に落ち着いた。要するに、イギリス籍を捨てて日本国民として生きていく覚悟がある人間だけ受け入れるということだな。
現状、具体的な扱いは分かってないけど、イギリス人達は最前線の防衛線と2番目の防衛線の間の緩衝地帯にテントを張って寝泊りしているらしい。アラスカ方面は防衛線が4重になっているから、1つ目なら越えさせても大丈夫だと判断したとのこと。そのイギリス人に対して先程の問いを行い、受け入れられないようなら帰って貰うことになった。
……今の日本人がわりとえげつないことは確認済みなので、強制的に追い出すことぐらいは涼しい顔で行うだろう。日本国民として生きていくことを選択したなら、防衛線の内側へ入れる感じだな。防衛線の外にはフラコミュ軍が待ち構えているのだろうし、どちらを選択してもイギリス人にとっては地獄だ。
フラコミュ軍は特に攻撃を行ってないようだけど、中にいるイギリス人が何度もフランス軍を攻撃して来るようなら突入して難民キャンプを焼き払うと警告をしてきたらしい。ゲリラ戦になったら厄介だし、言っていることは筋が通っている。フラコミュとの話し合いは諦めていたけど、思っていたより話は通じそうだな?
少なくとも、普通の船で近づいたら軍艦を繰り出してくるメキシコよりはマシだ。こちらは日本から1万キロ近い距離を船で移動してきたのに「出迎えに来てくれたと思ったら砲撃されました!」だからな。というかメキシコもそれなりに軍事力は保有しているみたいで怖い存在だ。旧スペイン領だし火砲や艦船の技術はあるのだろうけど、改変前のイメージと……そんなにかけ離れてはないか。
イギリス人の難民に対する会議は思っていたより早くに終わったので、外交の取捨選択についても認識の相違が無いか確認をしておく。メキシコが思っていたより話を聞かないタイプの国だったので、関係改善を目論む国の見直しも必要だな。フラコミュと手を組むのだけはあり得ないが。欧州の事実上トップと日本が手を組むメリットは、手を組まないメリットと比べるとほとんど無いと言っても良い。




