第135.5話 戦争狂
「いやぁ、大変なことになったねぇ」
「参謀長!先ほど秀則様がお部屋に向かったはずですが……」
「私への要件は特に無かったよ。強いて言えば、明日にイギリスからの難民をどうするかの会議を行うから、秀則様直々に来いと厳命された。これから英連邦の全てと戦うかも知れないから、軍からの意見も聞きたいのだろう。
ああ、そう言えば防衛計画を主導していたのが常久君だと察したようだよ」
「何処から持ち出したのか分からないのですが、組織図を持っていましたからね。私に攻勢計画も立てろと言ってきましたよ」
急な連絡が入って秀則が参謀本部から出た直後、参謀総長の将寛と参謀次長の常久は互いに秀則の言動を確認する。2人とも若い頃に従軍経験があり、実戦に基づいた戦闘計画を立てられる人物である。
2人は当初、今日の秀則の訪問の意図を察することが出来なかったが、常久はハワイの防衛計画について質問された時に全てを察した。そして日中戦争が終わったこのタイミングで、次の戦争についてすぐに考え始めている秀則を見て、怖さも感じていた。
「……30万人、いや、40万人は死にますね。フラコミュ相手に上陸作戦とは、中々に無茶な注文をして来ます」
「そうか、それだけの人が……しかし、奇襲の効果は大きいだろう。それにフラコミュも、アメリカの西海岸を全て軍隊で埋め尽くす余裕は無いはずだ。上陸を果たせば、陸と陸の戦いになる」
常久は自身の脳内で死者数を算出し、フラコミュから領土を掠めとるのであれば死者は50万人に到達しそうなことを将寛に打ち明ける。それに対して、将寛もそんなものだろうと返答した。軍の参謀として、彼らは何人の人が死ぬのか冷静に計算することが仕事でもある。頭の出来が良い故に、戦争が起きれば、何人の人間が死ぬのか感覚的に分かってしまう。
日本はフラコミュと、一度も戦闘状態に入ったことは無い。しかしフランスとは戦争をしたことがある。フランスの植民地を次々と奪っていた日本は、フラコミュと関係を構築することが不可能だったが、無理に敵対することも今まで無かった。
「北米大陸と南米大陸。両方を手中に収めるためには、少なくとも日本にフラコミュと対抗出来るだけの海軍力が無ければ難しいでしょう」
「そのために、今年の下半期の予算会議では海軍に多額の研究費が割り振られた。新規に建造する艦艇の数も増やす予定だから、秀則様もそのぐらいは把握済みだろう」
「……そこまでの思慮をされているとは、到底思えないのですが」
「秀則様が何十戦という戦争を経験していると知って、その言葉が出るのか。まさか、秀則様がすぐに戦争を起こそうとしているとでも思っているのか?」
戦争が終われば、すぐに次の戦争について考え始める。そんな秀則の姿を見て、常久は戦争狂だと感じた。しかし将寛は秀則のことを戦争狂だとは思わなかった。第一、戦争について考えれば戦争狂になるなら、この参謀本部にいる全員が戦争狂になる。
秀則は攻勢計画を立てるよう命じたが、別に今すぐに戦争を始めたいわけでは無い。そのことを理解しているかしていないかの差は、2人が抱く秀則に対しての印象に大きく影響していた。そしてより秀則のこと深く理解していた将寛は、常久の持つ悪感情を取り除くために補足する。
「常に何かしらの行動をしておきたい方なのだから、戦争が終われば参謀本部は暇になると思われているのだろう。だから攻勢計画を立てろと言ってきたに過ぎない。何年後か分からないが、近い将来、役に立つ」
「中国領の防衛計画を立てないといけない以上、暇にはなりません。それに今、凄いペースで技術が進んでいると言われています。ならば数年後に、今立てた計画は無駄になるでしょう」
「だが、計画を立てるまでの経験は積める。防衛計画を立てながらでも、攻勢計画は立てられるだろう。……秀則様はああ見えて、この場にいる誰よりも場数を踏んでいるぞ」
常久の反論は、全て将寛に言い返される結果となった。そして常久は将寛に対して年齢以上の差を感じ、すぐに為すべき計画の立案を始める。現状戦力や技術で何処に上陸するのか、どう物資を輸送するのか、議題や課題は多い。考えて具体的な案を形にするだけでも、経験は積むことは出来る。
将寛にそのことを指摘され、確かにその通りだと常久が思った時には、常久が持つ秀則に対する悪感情は消え失せていた。元々、常久は歴史上の偉人として秀則のことを好んでいた。秀則の斬新かつ大胆な兵の運用は常に勝利へ向かっており、その上で秀則自身が一騎打ちで挙げた首級は多いため、憧れる子供達は多い。常久も、その1人だった。
しかし唐突な軍縮を行ったと思えば、日中戦争で大規模な動員を行ったことから常久は秀則に対して猜疑心が生まれていた人間の1人だった。軍関係者には、そのような人間が少なからず発生していた。その内の大半の人間は日中戦争の大勝により疑惑が薄れていたが、常久は対中国戦に関して1番熟考した人物であったために未だに引っかかりを覚えていた。
その引っかかりが無くなっていることを将寛は確認してから部屋を出る。部下の不平不満に関して敏感に察知することが出来る将寛は、その解消も役割の1つだった。その役割を果たした今、次の仕事に向けて準備と確認を行う。
秀則は参謀本部の見学ついでに適当な立案をしてきただけだと、将寛は微塵も思わなかった。




