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閑話① 夢の跡 (西暦1598年1月21日)

閑話は前話からの続きではないです。

ふわふわと浮かんでいる気分になる。ぼやけた視界の中に2人の人物が映り、直感的に夢だと自覚する。


目を凝らすとそこには、俺の後ろ姿と布団の上で横たわっている織田信長の姿があった。





西暦1598年1月21日、京の伏見にある屋敷で横になっている織田信長は病に侵されていた。今年65歳を迎えた信長はそれでも上体を起こし、来客を迎える。


「……まだまだ元気そうだな」

「そういうお主は相変わらず姿が変わらんな」


もう余命が残り少ないと感じた信長が人払いをして話したかった人物は、現在の日ノ本の半分を実効支配している豊森家の当主、豊森秀則だ。当人にその自覚は無いが。


「それで、何の用だ?年明けの挨拶は先週したばかりだが」

「なに、1つ、頼みたいことがあってな」


改まった口調の信長に嫌な予感を感じる秀則に対し、信長は言葉を続ける。


「信忠が昨年急逝し、その息子である秀信に日ノ本を任せたかったが、頼りない上にキリスト教徒になっておった」

「……キリスト教の受け入れは2人で話し合って決めたことだし、秀信がキリスト教に入信したのもあいつ自身が決めたことだ」


信長も認めていた跡継ぎである嫡男の信忠は1597年の9月に42歳の若さで亡くなっていた。死因は秀則に特定できなかったが、脳卒中だった。


そのため、織田家では信忠の跡取りを巡って信忠の息子である織田秀信と信長の息子達、特に信雄と衝突があり、信長が一喝したことにより秀信と決まったが、その直後に秀信はキリスト教に入信した。


「儂が死んだ先、この不安定な織田家が盤石であり続けるとは到底思えん。秀信自身も日ノ本を纏めるには不安が残る男だが、この先、ずっと日ノ本を束ねる男が織田家に産まれ続けるとは思えぬ。1人でも当主としての器を持たぬ者が当主となれば、織田家は簡単に分裂してしまう」

「いや、そうならないように……」

「だから日ノ本のことを秀則、お前に託したい」

「……ふざけるな。騙されんぞ。ここで頷いたら勝家に斬り殺されるんだろ」

「……くくっ、信勝の時か。懐かしいなぁ。勝家ももう呆けておるのに、まだ恐れるか」

「天敵だったしな。あいつ昔のことを全然覚えてないのに、未だに俺のことを嫌いなようだし」


信長は秀則に日ノ本の舵取りを任せるような言い方をした。これは冗談でも何でも無く、いつまでも若くて心身ともに健康な秀則をトップにすれば、いつまでも安定した統治が続く。再び日ノ本が戦乱の世になることは無い、と考えてのことだった。


そして、秀則は自身が妖怪や化け物認定されても大丈夫なように自身の子を今の日ノ本に欠かせない要職へ就かせており、そのことを信長は高く評価していた。保身的な行動だが、傍から見れば新たな要職を生み出し、そこに適任である自身の子を選んでいるように見えた。


決して本人には高い能力があるわけでは無い。未来知識というのも、過程がわからないせいで結果を出せなかったものが少なくない。それでも常に日ノ本のことを考え、50年近く供に戦って来た男に、後事を託したかったのだ。


「もしも織田家の今の立場を引き継いだら豊森家の権力が強くなり過ぎるし、何より思想が固まってしまう。それに反発する奴は多いだろう。秀信のことなら豊森家が全力で支えるよ」

「そうか……。

そうだな……それじゃあ、織田家の血を途絶えさせないでくれ」

「既にお前の子と俺の子で夫婦が出来ているんだ。絶対に途絶えないから安心しろ」

「はっ、儂の娘とお主の息子だろう?せめて1人は織田家に婿入りさせればいいものを」


信長の子は秀則に負けないほど多く、余った子を秀則の子とくっつけてしまうことがあった。既に2組の夫婦がいて、子宝に恵まれている。


「そっちが『娘の貰い手がおらん!』とか言ってたから息子を紹介したら一目惚れ、ってことが続くとはなぁ」

「ふん、もう良いわ。

……織田家の事、よろしく頼む」

「……織田家はずっと安泰だ。そう心配することは無い」


息子が多くいて、跡継ぎが決まっている。そんな状況なのに織田家の血の存続を案じている信長の真意に、秀則は気付くことが出来なかった。


僅か半刻の見舞いの後、秀則は帰り、信長は秀則の土産であるトウモロコシを食べようとする。秀則が日本で大々的に栽培を始めた食材の1つだ。稲作の向かない土地でも育つ、ということは信長の耳にも届いており、ようやく収穫を迎えた物の1つだろう。


実験や未来知識での成果物を真っ先に信長に見せつけに来る。昔から変わらない秀則の行動に懐かしさを感じながらも、信長はその成果物を食した。残念ながらその味は現代のものより遥かに甘みが少なく、本来であれば信長に出されることがおこがましいレベルの味だったが、信長はじっくりと味わいながら、そのトウモロコシを食べ切った。






ふと目を覚ますと、まだ夜中の3時だった。この世界に来て初めて戦国の世にいた時の夢を見た気がする。


信長にトウモロコシを持って行った後も何度も会っているため、別にあの時の会合が信長との最後の会合という訳ではない。というか次に会った時にトウモロコシのことを怒鳴りながら罵倒しまくっていたから、あんな風に味わって食べていた訳が無い。


何で信長の夢を見たのかわからないけど、たとえ夢でも久しぶりに信長の元気な姿を見れて涙が出て来た。信長は今の日ノ本を見て、何と言うのだろう。


……言葉は想像出来ないけど、きっと怒っているだろうな。織田家の血は絶えてないけど、本家は岐阜を中心とした一地方の領主扱いだし。むしろ分家がマレーシアや台湾で栄華を極めているという。


あの会合の後、あれだけ秀信を後継者だと宣言して、秀信を中心とした織田家の枠組みを作っていたのにも関わらず、信長は最後の最後で俺に日本を託した。死の淵に立ち、永遠の命を持つかのような俺に信長が何を思ったか……今はもう推測することしか出来ない。

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