第134話 参謀本部
10月も半ばに入った頃、参謀本部のごたごたが落ち着いたようなので見学することにした。忙しかった原因は間違いなく日中戦争のせいで、元中国領から日本本土へ軍人達を移動させるのに忙しかったのだろう。あと、広がった国境の防衛計画も立てないといけないし仕事は山積みだな。先日は、ついに中国から第一陣が京都に帰って来たので戦勝パレードが行われていた。
……後から帰って来る人達に対しては大々的な凱旋式を行なわないようだけど、この第一陣で帰って来た人達は勲章授与をされる予定の人達なので、早めに本土へ帰されたとのこと。何百人が勲章を獲得したのか気になるけど、かなりの数になりそうだ。
ちなみに誤射をした不破野さんへの勲章は軍法会議の判決通り、取り消しになっていた。というか不破野さんは現在、青森の方へ訓練に行っているので勲章授与式には参加できない。冬を越すまでは帰って来ない予定だ。無事に冬を越せるのか分からないけど。
「不破野さんは、新設する特殊部隊の隊長で良いや」
「私が、隊長ですか?」
「うん。とりあえず雪が1番降りそうな青森で希望者を募って部隊にしよう。本州の最北端は、雪で埋もれるという感覚が味わえるよ」
今の日本は冬季戦に特化した部隊が無かったので、冬の間は基本的に防戦ということになっている。別にそれはそれで問題は無さそうだけど、冬季攻勢が可能な部隊を育成して手札を増やすのも問題無いだろう。ということで雪に紛れて敵将兵を暗殺することに特化した部隊の育成を開始した。不破野さんは全体的に色白な人だし、超人的な射撃能力があるからリーダーとして適任だと思う。
冬用の装備と迷彩も作ったので、不破野さんが降雪時でも精密な射撃をすることが出来るのであれば死神になれそうだ。北アメリカ大陸の覇権争いでイギリスが完全に押されているようだから、そろそろ日本の領土になっているアラスカ方面にもフラコミュの攻撃が飛んで来そうな雰囲気になっている。その抑えとして、冬季戦のエキスパートかつ山岳戦のエキスパートという部隊を育成したかった。
確か、日本の豪雪地帯は世界でもトップレベルの積雪量を誇る。冬季戦闘を意識して訓練すれば、冬季攻勢が可能にもなりそうだ。冬季戦闘は、機械の類が使えなければ完全に人対人の戦いになる。人材が豊富なのだから、冬季攻勢専門の部隊というのを運用してみたかったのだ。
不破野さん、これからは大変だろうなと思いながら参謀本部の建物を眺める。立派な作りの門があり、警備員としてゴリマッチョが十数人ほど庭にいた。たぶん、警備の人の中には凛香さんより強い人もいるのだろう。凛香さんは女として日本最強レベルだけど、男も含めると上位100位に入るか微妙なところだと愛華さんが教えてくれた。
「愛華さんは、どのぐらいの強さなの?」
「私は女性として十指に数えられる戦闘力を持っていると自負していますが、男性を含めると1万位にも入っていないでしょう」
「……ということは、凛香さんが単に凄いだけなのか」
男性と女性の性差に関しては、どう足掻いても埋められない溝というものが確かに存在する。参謀本部の中は、女性より男性の方が多かった。俺に敬礼する人が多いけど、みんな忙しそうなので気にしないようにと伝えながら奥の方へと進んでいく。
そして参謀総長の部屋の1つ手前に、参謀次長の部屋があった。
「秀則様は、はじめましてになりますね。私が豊森常久です。これから長い付き合いになると思いますが、よろしくお願いいたします」
「うん、よろしく。彩花さん出番」
「は、はい。えっと、常久様。モッティ戦術、浸透戦術、ゲリラ戦術という言葉に聞き覚えはありますか?」
「……ゲリラ戦術は、小規模な部隊での攪乱攻撃のことだと学びましたが、他の2つは聞き覚えがありません」
中にいた常久さんは30代後半とは思えないほど若々しい顔で、何故か胡散臭さが半端では無い。イケメンではあるのだけど……オーラが松永久秀に似ている。一応前もって用意していた質問を彩花さんにさせてみて、何か異形な知識を持って無いか確認したが、持って無かった。ゲリラ戦は、たぶん日記か何かで書いた気がする。
初っ端から失礼なことをしたが、不愉快な気分にはなってないようなので、悪魔のような発想を持っていても純粋な日本人だという事は確認できた。ちゃんと謝罪はしてから、質問というか提案を行う。
「ハワイがたった今攻撃を受けたとして、防衛のために何個師団をすぐに用意できる?」
「30個師団までであればすぐに派遣出来ますが、それ以上だと用意だけでも時間がかかります」
「……アメリカの西海岸だけを確保するために、何個師団が必要になる?」
「最低でも60個師団は必要かと。もし秀則様の言う自動車や飛行機がフラコミュ内で一般化されていれば、100個師団は必要でしょう」
質問の内容は、北米や南米を攻撃する計画に関することだ。西は現在、ロシア、英領アフガニスタン、英領チベット、英領インドと国境を接している訳だけど、イギリスやロシアと本格的に対立したくないのでこれ以上の侵攻は考えていない。向こうから攻撃してきたとしても、反撃にとどめて逆侵攻は行わない予定だ。というか、個人的に英連邦を敵に回したくない。
アメリカ大陸の主権を失いそうなことからイギリスが弱体化していることはわかるけど、イタリアやフラコミュ、プロイセン、オスマンを相手にずっと殴り合っている国とか関わりたくも無い。しかもきっちりとイギリスからインドへの道は確保しているのだから、まだまだ国威は世界でトップクラスだ。
……一方で東は、アラスカ方面でフラコミュと国境を接したのだから、計画や準備は念入りにした方が良いだろう。独力でフラコミュ相手に戦争をふっかけるつもりは無いが、フラコミュが他陣営と本格的な戦争を始めれば狙いに行くつもりだ。フラコミュも、かなり恨まれてそうだし敵は多いだろう。