第133話 生誕
10月10日に、俺の誕生日パーティーが行われた。……仰々しく言うと、豊森秀則生誕祭。たぶん今年で実体験した年月的には67歳だけど、扱い的には470歳になるのか?戸籍上は、17歳ということらしいが。生誕は亡くなった偉人の誕生日、という意味だったはずだから、来年からは誕生祭に変わると思う。
俺の誕生日は、俺が普及に努めた牛乳やチーズなどの発酵食品、ラーメンや肉まんなどの再現が可能だった中華料理を食べる祭りの日に変わっていた。特に食肉文化を推進していたからか、肉料理も多い。街のあちこちで自由奔放に祈ったり飲んだり食べたりするようで、街の様子を覗いてみたかったけど、凛香さんに捕まって豊森邸のすぐ近くにある建物へと運び込まれた。
……例の祭壇がある建物で、俺がこの世界に来た1番最初の時に居た建物だ。中国から帰って来た時も建物の中に入ったけど、なんだか懐かしいな。ここで初めて仁美さんと会った時、土下座されていたんだっけ?
「あれから、ちょうど7ヵ月か。月日が経つのは早いというか、俺の感覚が狂っているというか……」
「そうですね。初めてお会いした時と、秀則さんの姿は変わっていませんが、世の中は随分と変わりました」
「俺も、心境はだいぶ変わったけどな。……ここで俺に会いに来る人達全員が豊森家の中のガチエリートだってことをようやく自覚したよ」
俺の誕生日を祝うという名目の祝宴は、夜の遅くまで続いた。この日だけは俺に対して猜疑心を抱いているはずの人間もお酒を飲み、大いに盛り上がっている。酔うと裸になる人間って、どの時代のどんな場所にも必ず一定数は存在するのか。お酒を飲むと身体が火照るし、脱ぎたくなる気持ちもわかるけど。
……数名、お酒を飲んでいない人達がいたから理由を聞いてみると、妊婦さん達だった。そう言えば彩花さんも仁美さんもお酒を飲んでいないけど、ここまで警戒するものなのか。代わりに飲んでいるのは果汁のジュース。豊森家の人間の意識の高さがよく分かる。
ついでに初めてウイスキーに口を付けてみたけど、そのままではとても飲めるものでは無い代物だった。果汁のジュースで割るのが一般的らしいが、それでもアルコールがきつくて顔が真っ赤になるのを自覚する。果汁で割るとすんなりと飲める分、後から込み上げて来る熱のせいで身体が熱い。
結局深酒をしてしまったので、変な事を口走る前にウイスキーをストレートで飲んでいた凛香さんに身体を預け、寝ると宣言してから眠った。……誕生日プレゼントに女とか、色々と勘弁して欲しい。いや、この世界に来てから1年も経ってないのに4人と関係を持って、すでに2人を妊娠させているから性欲魔人なことは否定できないのだけど。
「……どこの家も、格を上げたいのでしょう。秀則さんも、もう少し積極的になって良いのでは?」
「良くない。いつまでも存在していられるなら少しは考えたかもしれないけど、いつかまた、消えるかもしれないんだ。その時に跡継ぎ問題が勃発しそうなほど子供は残したくない」
そして翌日。仁美さんにもう少し積極的になれと言われた。たぶん、俺を酔わして数名の俺好みな女性をそばに置いておけば、釣れると思っていたのだろう。冷静になって思い返してみると、かなり際どい格好の女性が数多く参加していたし。……豊森家的には、俺に種馬的な期待もしているのだろうか。実際、性病のリスクがなくて、疲れない上に、性欲旺盛だから適任ではあるけど。
でも、流石に数百人単位で子供がいると絶対に跡継ぎ問題が勃発する。というか、俺が光になって消えた時によく跡継ぎ問題が発生しなかったと思う。秀一が優秀過ぎた上に俺の遺言もあったからだと考えているけど、50人を超える子供達が全員、秀一の当主就任に賛同したのは凄いことだ。その奇跡に近いことが起きた結果、豊森家による独裁国家になったわけだけど。
……家督争いが発生しなかった理由は、当主がそこまで重要な役割を果たしていないからかもしれない。というか今の豊森家の社会構造は、1番上があれこれと実務をすることが出来ないけど、責任は負うというシステム。予算会議だって美雪さんは確認をするだけで口出しはほとんどしないし、逆に2番目の仁美さんは十数日の間、缶詰状態だった。
これは軍も同じ状態らしく、例えば参謀本部では参謀総長の将寛元帥より参謀次長の常久中将の方が断然忙しい。参謀次長は参謀本部の各部門から意見を纏めて上の参謀総長に提出する感じだから、1番重要な役割を担っていると言っても良い。
こんな世の中になっている理由は、無能な働き者にはそのことを自覚させろと常々言っていたからだろう。ドイツ軍人の有名な組織論で『有能な怠け者は司令官、有能な働き者はその下で参謀、無能な怠け者も連絡係か兵士くらいは務まる。しかし無能な働き者は銃殺するしかない』みたいなことを言っていた気がしたので、これを世に広めて無能な働き者はそのことを自覚させることから始めたのだ。
……自覚させるまでが大変だったし、自覚させたところで少しはマシになる、程度だったけど。そして無能な怠け者である俺は自身が怠けるためのシステムを構築し、有能な働き者である子供達に1番大変な実務を任せた。たぶん任せるのが子供達じゃなければ、寝首を掻かれていただろう。
これが、後の世になってトップは確認を行うだけの存在になるとは思わなかったな。いや、俺も晩年は確認するだけになっていたけど。
ゴロゴロとベッドの上に寝転がりながら、参謀本部の組織図を確認する。仁美さんからの誕生日プレゼントは、俺の頭にフィットした枕だった。いつ測定したのかわからないけど、同衾しているから測る機会はいつでもあったはずだ。高価な指輪や金で出来た悪趣味な器よりも、こういう実用的な物の方が俺は喜ぶと知っていたのだろう。
昨日の祝宴でも、プレゼントに関しては二極化していた印象だ。高級品や女を渡そうとする人と、筆やからくり仕掛けの箱を渡そうとする人。個人的には後者の方が貰って嬉しいので、後者だけ受け取った。それでも結構な量になったから、必要な物だけ自室に持ち込んだ形だ。
持ち込んだのは枕やペン、からくり箱、中に入っていたロシアの金貨などなど。ロシアの金貨は10ルーブルの金貨らしい。これ1枚で日本円にすると大体1万円から2万円とか。幅が広いのはまだロシアの正確な物価が分からないからだろう。もう少し、ロシアに送り込む駐在員の数は増やしたいな。情報を集められるのは向こうも嫌だろうから、そこら辺は難しいけど。