第129話 多数決
9月16日から10月2日まで、豊森家の予算会議が行なわれた。2日間の延長は、別に珍しいことでは無いので心配しなくても良いと言われた。この会議で1番大きかったことは、投票を行ってみたことだろう。
多数決の前には軽く議論も行わせたが、予想以上に白熱していた。しかし投票の結果はほぼ100:0である。1番票が別れた時が『重度の障害者は人であるか否か』の34:336だから、豊森家内の人間は思想が一致してしまっていると言っても良い。
議論が白熱していた理由は、思考を柔軟に切り替えることが出来るからだろう。中学以降の教育機関では議題に対して強制的に賛成と反対に分かれさせて議論をするという授業が残っているらしい。俺が気分で導入した孤児院での教育方法が日本全国に広まっているとは思ってなかったけど、悪いことでは無いから止めてなくても良いか。
……正直に言って、最初に障害者の議題を持って来たのは失敗だった。この機に、完全に排斥すべきだと提案する人が多かったのだ。34人だけでも人であると答えた人がいるから、少なくとも機械的に殺されるような決まりを作るとは思えないけど、それに近い状況までは追い込まれるだろう。
ついでに中国人を日本人として迎え入れる意思はほとんど無かったのに、フランス人に対しては敵意がほとんど無くなっていたのは面白い。まあ、フランス人は数が少ないから過剰に対策をする必要も無いと思う人が多かったのだろう。中国人は1億人以上いるからある程度減らしたいようだけど、減らす方法は日本人化だろうな。
……中国人の女性やその娘を日本人男性が引き取って日本人化を行うのだと思うけど、3世代かける執念が凄い。中国人の男性はたぶん、東南アジアやオーストラリアに輸送して働き手として生かすのだろう。船は多いし、ピストン輸送は慣れたものである。今までも、同じような方法で民族浄化をしていたわけだしな。
名誉日本人の制度については話し合いの結果、中国人達に対しては段階的に導入すると言われた。間違いなく建前だ。本音は、1億人以上いる中国人に権利を渡したく無かったのだと思う。気持ちは分かるけど、中国人男性の中で各種条件を満たした内の上位0.3%が名誉日本人って1000人もいない気がする。条件となる基準も中国人にしてみれば凄く高いだろうし。
「もうすぐ日中戦争は方が付きそうだけど、そのせいで予算はカツカツになったな」
「研究費と教育を中心に、予算の要求は増えていたので余剰予算はほとんどありませんでしたね」
「……本当に、ご苦労様でした。中国に新しく作る鉄道網の方にも多くの予算を回してくれて、ありがとね」
仁美さんはこの半月、前回と同じく別邸で泊まり込みだった。妊婦とはいえ、仁美さんがいないと予算会議が滞るレベルで日本に必要な人なので休むことは無かった。激しい運動とかでは無いから不安要素は少ないけど、ストレスが溜まると良くないので適度に息抜きはしていたみたいだ。
元中国領の方には暫定的な予算で鉄道を敷いていた状態が、本格的な予算が入ったので鉄道網の構築が可能になった。これで来年の9月までには、海岸線に沿うような線路が完成しているはずだ。戦力的に余剰気味になって来た軍人も動員して、分割しながら線路を敷いていくらしい。まだ講和会議とかは開かれて無いけど、これはもうそろそろ中国が世界地図から消滅するな。
電気で動く電車の研究にも予算が割り振られたので、電車は日本より先に元中国領の方で走りそうだな。いや、流石に電車は京都で先に走らせるかな?研究所は元中国領に乱立しそうだけど、土地の問題は無い。また、街ごと人を日本本土から元中国領へと移動させる場所もあるそうで、少し狂気を感じた。
……日本政府による日本人の強制移住が可能になっているのだ。一応、希望は聞くそうだけど豊森家の指示は間違いないと信じて従っているため、拒否する人は少ないはず。中国人をオーストラリアへ輸送した時も思ったけど、強制移住に上も下も抵抗が無いのは結構凄いことだと思う。管理をしやすいというのがよく分かるな。
ちなみに、中国人に対しての強制移住は従わなかったら牢に入れられるという人権無視も甚だしい状況。国のために足を引っ張る外国人、の時点でアウトなようだ。国への貢献度というものを数値化すれば、強制移住に否定的なだけでマイナスに振り切れるのだろう。
……中国人に対して容赦が無いのは、中国人が日本へ供与出来るものが無いからか、今まで敵対していたからかが判断し辛いな。こういう時は、彩花さんに聞いてみようか。
「中国人とフランス人の扱いの差って、原因は何なの?」
「日本への貢献の差だと思います。私自身、フランス人に対しての評価が変わって来ているのを実感していますが、中国人に対しては嫌悪感を抱いたままです」
「……国への貢献度、か」
「日本に対しての利益と損害について、中国人とフランス人は明確な差があります。具体的に言語化するのであれば、その差が評価の差になっていると思います」
すると、国への貢献度が全然違うでしょと言われた。まあ、中国人とフランス人の明瞭な差なんてそこにしか無いか。フランス人も、技術を全然持って無くて中国と同じように戦闘後の降伏なら、数が少なくても扱いは中国人と同じだったのだろう。
……ここまで来ると、外国人の人権が意識されるのは何時になるのかわからない。そもそも、日本人の人権だって守られているのかは微妙なところ。だけど国として間違っているとまで思えないのは、未来を見据える国としては正しい選択なのかもしれないと感じ始めたからだ。