第128話 鳶と鷹
田中さんと会話をしている最中、話の節々から頭の良さを感じたので、頭の作りが違うことを実感する。一を聞いて十を知るとはよく言うけど、この人は一を聞いて二十以上は知ってそうだ。……彩花さんは、一を聞かなくても十を知ってしまうタイプだから、同じ頭が良い人間でも系統が違うのだろう。
どちらも、一を聞いて0.3ぐらいを覚えられれば良い方の一般人とは根本から違いそうだ。俺とか、興味の無い分野は一を聞いて0.1を覚えていれば良い方だ。残念ながら、世の中の大半の人間は一を聞いて一も知る事は無い。ここら辺、本当に人間は不平等だ。
「田中さんの両親も、頭は良い方なの?」
「私の両親ですか。それなりに、良い方だとは思います」
「……安香さんは、会っているんだっけ?」
「はい。良い方ではありますが、こいつほど頭は良く無いです」
鳶が鷹を産むということわざがあるけど、田中さんの両親は天才と呼べるほど頭は良くないらしい。というか、田中さんの両親は普通の夫婦で饅頭屋を営んでいるようだ。鳶が鷹を産むとは、こういうことを言うのだろうと思っていたら、田中さんの両親は一代で普通の饅頭屋から近畿で1番を争うほどの饅頭屋にまで成長させた人物だそうで、平凡では無かった。
「鳶が鷹を産むって言葉は存在してる?」
「存在していますし、平凡な親から優秀な子が産まれたという意味で使われています。というより、秀則さんが使い始めた言葉ですよ。逆に平凡な親からは平凡な子しか産まれない、蛙の子は蛙という正反対の意味を持つ言葉も使っていた記録がありますが……」
「両方とも、改変前の日本で使われていたことわざだよ。相反しているけど、2つを組み合わせると平均的な親からでも稀に凄い人が産まれる、という意味になるのかな。矛盾だとは思ってないよ」
鳶が鷹を産むも蛙の子は蛙も、改変前の日本ではよく言われていたことわざだ。彩花さんが教えてくれたけど、両方とも既に使用していた言葉になる。だけどまあ、鳶が駄目という意味で使われている理由がよく分からない。まず鳶が鷹の一種だし、どちらも空を飛べる生態系の上位者だ。
一方で蛙は両生類でイメージとしてはマイナスの方が多いだろう。蛙を見つけて喜ぶ人の方が少ないと思うし、嫌いな人も結構いる印象だ。俺もそんなに好きでは無いし、触れるけどあまり素手では触りたくない部類の生き物だな。
……蛙の子は、どう足掻いても鷹にはなれない。人の親子を指すことわざで、蛙と鳶と鷹という生物を使っていたことに、個人的には悪意を感じる。この世界では俺が使い始めたことわざになっているし、勝手な拡大解釈だとは思っているけど。
「ところで、田中さん自身に結婚願望とかは無いの?」
「ぶふっ、けほっけほっ……」
「まだありませんね。今はエンジンについて考えることが楽しくて仕方がないですし」
田中さんについて色々と知れたので、結婚願望があるか聞いてみたら何故か安香さんがお茶を噴き出した。そしてどうやら田中さん自身に結婚願望がまだ無いようなので、安香さんのアタックはあまり効いていないということだ。
安香さんは凛香さんの妹なだけあってスタイルがかなり良いし、頭も良くて面白い部類の人間に入るのに、感付かれて無いのは少し不憫な気もする。唯一の救いは田中さんも安香さんのような女性を好きだと分かっていることだけど、安香さんが好きとは限らないという。人を好きになる時に、外見が関係ない人は多いし。
せっかく研究所にまで足を運んだので、1日のタイムスケジュールと給与の確認も行っておく。田中さんの場合は、定められている期間で一定の成果を求められる立場なんだけど、豊森家が求める成果を達成するだけなら長時間働かなくても良いそうだ。この人の場合、趣味で成果を上乗せするために色々と追及しているのか。
給与の方は残業代、報奨金などを含めて去年だけで250万円ほど貰っている。流石に高給取りだけど、これは田中さんが特別なだけで、他の一般研究員はかなり給料が低いようだ。低いと言っても、年に150万円ほどは出ている感じだけど。
研究も国が主導しているから、国から給料が出ているわけだけど、やっぱり人件費が1番かさむ。それでも研究者に高い給料を払っている理由は、高校や大学を出ているのに低い賃金で働かされる状況だと、人がいなくなってしまうからだろう。職業選択の自由はあるのに国有企業だらけで一次産業という受け皿がある社会だから、重要度の高い職業は枠を作って給料を高くして、競争を発生させるしかない。
民間企業が色々と苦しい理由は、研究開発費がかさむというのも理由の1つか。国有企業でも金払いが良いのだから、民間企業だとさらに良い待遇を用意しないと人が来ない。ただでさえ人件費がかさむのに、研究員には更にお金を払うとなると、少数精鋭のエリート集団じゃないと会社が成り立たない気がする。
……田中さんの両親が親から店を受け継いだ時点では、国からお金が出ていない普通の饅頭屋だったらしい。餡子には自信があったから新規事業として今川焼きを始めたそうだけど、極限まで生地を薄くして白玉を多く入れ始めたらヒットしたようだ。
客が増え、従業員が増えてきたら、餡の成型という工程を作る。焼き型を幾つも用意し、一度に作れる量も増やした。今では、近畿中に店舗を持つ有名店だ。一応、田中さんの両親は民間企業の社長だと思っても良いだろう。……これは鳶が鷹を産んだのではなくて、鷹が鷹を産んだだけじゃないか?知識量的な賢さを持っては無いかもしれないけど、たぶん人としての賢さは上の方だと思う。
飛び抜けた天才が産まれても、環境次第では堕落する可能性もある。ある程度の両親でないと、鷹が産まれる可能性は低くなるのだろう。改変前の日本で、世の中に1割しかいない年収1000万円以上の親を、東大生は6割ぐらいが持っている。
遺伝実験では7割以上が親と同等以上、もしくは同等以下だっけ?全部を遺伝の一言で済ませるのもどうかと思うけど、ある程度は遺伝を言い訳に使っても良いのかな。漫画の主人公達とかでも血統は基本的に良いし、改変前の日本でも遺伝に対してはそういう認識が強かった面もあるのだろう。