第127話 無神論
色々と成果が出始めた研究の進捗を確認するだけでも時間がかかったが、どうやら結構な分野で進歩があったみたいだ。確認するだけでも疲れたので、気分転換に豊森邸の書庫にあった日記を読み漁った日の翌日。日本教について色々と確認を始めた。
……この世には神や仏も存在しない。そんな一文から始まる日本教は、俺が創始した時とは大分変化している。というか、解釈の違いで派閥も出来ている模様。僅か400年でも宗教って分裂するんだな。
1番の対立は、俺が神か否かという論争だから平和なものだけど。少なくとも、相手を完全に否定したりはしないから、宗教性の違いのせいで殺し合いには発展していない。他の宗教に対して冷ややかな目線を送ることに定評のある日本教は、人間が分かり合えないことを前提にして作られているから、派閥が出来ても相手を潰そうとはしなかったのだろう。
「しかし日本教が浸透してから日本では他の宗教の勢いが弱まり、仏教とかキリスト教は現状、数少ない信徒に支えられているということか」
「宗教に関して秀則さんは随分と力を入れたように感じますが、やはり当時の一向衆は鬱陶しい存在だったのですか?」
「鬱陶しい、ってレベルじゃなかったけどね。一向衆に喧嘩を売るためという理由もあったけど……まあ、本音を言えば国民の思考の向きを統一したかったのは認める」
彩花さんが聞いて来たけど、一向衆は鬱陶しいってレベルじゃなかった。災害みたいなものとして考えるしか無かったから、根絶やしにするか宗教戦争をするか迷って、宗教戦争に踏み切った。
個人的に、宗教の論争は不毛だと感じている。違う宗派の信者と信者が論争をしても、互いに相手の意見を受け入れることは無い。例えるなら、互いにシャドーボクシングしているような状況に等しい。互いに互いの相手を見ずに、ただ殴っているだけという形になる。だから、一方的に押し付ける無害な宗教というものを目指して日本教を創始した。
神や仏は存在しないと言いながら、他の宗教の行事を文化として取り入れたことによって矛盾塊のような宗教となった日本教は、かなり奇異な存在だったのだろう。しかし、無償の宗教というのは大きかった。初期投資も教義を書いた看板を作って立てるだけだったから、信仰するしない関わらず伝播も早い。孤児院経営をしていたのも、今考えると大きかったのかもしれない。
……ぶっちゃけ、宗教戦争は楽しかった。文句を言って来る人には教義を投げ付けるだけだったし、煩悩や欲があるからいけないとか言う人に去勢を提案した時の態度は面白かった。日本教は三大欲求を肯定するような宗教にもしたから、追加された教義の中ではそこを問題視する人は多かった。意味合い的には、オンとオフの切り替えをしっかりしろ、だけど。
結局、見直しを終えた時の日本教の教義は創始時に比べるとかなりマイルドになっていた。それでも他宗教の根本を崩していくスタンスは変わらない。後発の宗教だから、他宗教の矛盾点を教えの中に組み入れることが出来た。ここら辺は、意地が悪かったな。
「俺が、神か否か。……神っぽいことが出来る人間で良いんじゃない?」
「日本教の教義的に、神を名乗るわけにはいきませんしね」
「実際、俺に祈られたところで何も出来ないからな。俺が神だと思っている人がいるなら、それはそれで良いと思うけど」
日本教の論争になっているという部分は、とりあえず本人の意思次第ということにした。元々、そんな感じで都合の良い時に都合の良い相手へ祈れという意味を込めていたので、祈る本人が俺を神だと思っているのならそれで良い。
「元々、現存する宗教を否定する宗教だから神や仏はいないという書き方になったんだ」
「思考の塗り替えという奴ですね。宗教家が反抗すればするほど見苦しくなる教義にしたからこそ、世界にも広がったのでしょう」
「……世界にも出荷されてるの?」
「中東やアフリカを中心に少しずつですが広まっているようです。現地で日本教の信徒は異端者と認定され、迫害を受けるそうですが、僅かながらに信仰する人も存在するとフランス人達から教えられました」
仁美さんによると、中東やアフリカの人にも少なからず伝播して感化した人が存在するそうだ。そう言えば、亡命してきたフランス人達は日本教を知っていてよく日本に来たな。他に選択肢が無かったのもあるのだろうけど、感化された人もいるのかな?
「フランス人は全員、キリスト教じゃないのか?」
「全員が全員、キリスト教徒というわけでは無いようです。そもそも、今のフランス人の故郷には共産主義者しかいません」
「……共産主義は、実質宗教だよな」
仁美さんに聞いてみると、フランスはカトリックの国らしい。カトリックとプロテスタントの違いは詳しく説明できるほど知識が無いけど、プロテスタントがカトリックを批判して生まれたキリスト教、という認識で良いはず。
これも仁美さんに聞いてみると、カトリックが伝統的なキリスト教でプロテスタントがカトリックへの批判から生まれたキリスト教のようだ。最初の認識で合っていたな。
フランスの共産主義を馬鹿にする日本も全体主義とか、あらためて直視すると世紀末な世界だな。傍から見れば、どちらも同じ共産主義に見えるだろう。いや、まだ21世紀は20年しか経ってないから世紀末では無いけど。どちらも荒廃するイメージがあるのに、現実では繁栄している。……所詮、イメージはイメージか。
亡命して来たフランス人には、わりと日本教の教義に理解を示している人も多かった。救出された日本人が日本教を広めたようだ。日本教の教義に、日本教知っている人は日本国民とは書いてあるけど、日本人では無いという。これ、日本教を創始した時に「日本国民」を「日本人」と書いておけば良かったのかな?
……そういう問題では、無いか。日本が外交的に不味い状況にある1つの理由に、日本教の存在があるかもしれない。欧州や中東にいる神を信じている人達にとって、無神論な日本人は狂っているのだろう。神に祈りを捧げながら敵兵に突っ込んで自爆すれば天国に行けると信じているのが、日本人からすれば狂っているように見えるのと同じだ。
イスラム教の天国って、毎日処女70人だっけ?数に自信が無いが、数十人だったことは覚えている。信じたくなるのもわかるけど、結局は都合の良い設定でしかない。