第126話 帰宅
9月1日の夜に、豊森邸へと帰還した。仁美さんに会うとかなりご機嫌な様子だったが、どうやら纏まったお金が豊森家に入ったらしい。詳しく聞くと京都に送られていた日中戦争での戦利品が売却され、豊森家の財政に潤いをもたらしたようだ。まあ、中華民国の独裁者が蓄えた財だから、莫大な量のお金が入ってそうだ。外国に売ったわけじゃないからあまり意味は無いけど。若干、中国人達が可愛そうになった。
「ただいま。あまり変わってないね、と言いたいところだったけどこれは……」
「電報です。既に豊森邸と堺の別邸とは連絡が出来る状態ですよ」
「おお……触ってみても良い?」
「もちろんです。秀則さんのノートにあった信号を使うことにしましたので、ローマ字での連絡を基本としました」
仁美さんがモールス信号について語っていたが、モールス信号に関しては中学時代に活用を目論んでいたので、語呂合わせで覚えていた。使う機会はほとんど無かったけど、未来へのノートには書き込んでいる。ローマ字に関してはアルファベットを子供達に覚えさせる過程で、俺が戦国時代の時に既に披露していた知識だ。なので採用することは不思議では無い。
……モールス信号って名前じゃ無くなっていたけど、送られて来た信号はアルファベットに変換して、ローマ字読みをする。なかなか手間のかかる作業だけど、遠距離と瞬時に連絡できるようになったのは大きい。無線通信の方も、フランス人達の協力があったお陰か理論はほぼ完ぺきな状態になったとのこと。今はまだ有線だけど、近い内に無線技術も開発出来そう、かな?
ローマ字は、暗号としてどうなのだろうか?無線技術を獲得したら暗号化も始めていきたいから、敵に解読され辛い可変式の暗号を用意させよう。外国人を忌み嫌っていても英語やフランス語を喋る日本人がいるように、海外にも日本語を喋る人はいるだろう。実際、オーレリーさんは日本語を喋れるし。むしろ、今までの日本の悪行のせいで日本語を話せる人口は多いかもしれない。
「『俺が造らせた』って送ったら『はい』って返って来たんだけど、向こうにいる人って誰?」
「堺の漁港で働いていた人です。連絡を受け取ったら上の人へ回す手筈ですが、いたずらだと思われましたのでしょう」
「……漁師をあっさり辞めさせても良いの?」
「心配は要りません。数人、成績の悪い人を辞めさせたところで体制に影響はありませんから」
一文字ずつOREGATUKURASETAと送ってみたらHAIとだけ返ってきた。まあ夜の9時だし、眠くなる人は眠くなる時間帯だろう。向こうでは24時間体制でいつでも連絡を受け取ることが出来るそうだけど、凄く無駄な気がする。呼び鈴機能でも付けられないか、仁美さんに聞いてみようか。
「電報を送った時に、紙に記録できるように出来ない?ずっと傍に人を置くのは人手の無駄だと思うんだけど」
「電報を送った時に紙にも記録する、ですか。オーレリーさんに聞いてみます。あの人は随分と広い範囲の知識を持ち合わせているようなので」
「……仁美さんがそんなに頻繁に会うなら、俺が会っても問題無いと思うんだけど」
オーレリーさんは精力的に色んな範囲の研究に協力してくれているようで、1ヵ月前と比べれば随分と警戒度も下がった気がする。俺もその内、直接会って話せそうなので、機会を待とう。
「ガソリンエンジンは、爆発事故があったのか。……これ、罪に問わないでくれる?」
「元々、過失な上に人災なので重い刑罰を科すことにはなりませんが……給与からの天引きにしておきましょうか?」
ガソリンエンジンはフランスの内燃機関を参考にした試作品が幾つか完成したようだけど、カタログスペックでは1番だったガソリンエンジンが作動中に爆発し、作業をしていた研究員が2人、重傷を負っている。開発者は「俺は悪くない」とか言っているようだけど、罰金刑ぐらいは科せられそうだったから減刑が出来るか聞いてみた。
……安香さんが勤めている研究所の所長さんが開発したエンジンは、爆発したとはいえ唯一プロペラがちゃんと回転している。他は出力が低いから、模倣すら出来ていない状態だ。確か、田中さんだっけ?今の日本だと逆に人が少ない苗字だし、ちゃんと覚えておこう。いや、今後豊森姓になる可能性は高いから、聡さんで覚えておくか。
積まれていた重要度の高い報告書を読んでいると、仁美さんが面と向かって話しかけてきた。
「そう言えば、1つ、秀則さんに大事な報告があります」
「改まって、どうしたの?」
「私も、子を授かったようです。出産予定日は来年の5月21日になります」
内容は、子を授かったというもの。道理で機嫌が良いはずだ。まだ完全に妊娠したとは言いきれないし、妊娠していたとしても安定期には程遠いが、どうしても伝えたかったらしい。唐突過ぎて少し言葉に詰まったけど、仁美さんに「ありがとう」と「おめでとう」を伝えると感極まったのか泣き出してしまった。
……仁美さんを抱き締めながら、子供が出来た喜びより、冷静に2人目かと考えてしまっている自分に嫌気が差す。嬉しいことではあるんだけど。ちなみに彩花さんは喜んで祝福をしてくれたが、1番複雑な立ち位置になっているので内心までは分からない。というかこれ、下手したら兄弟が2ヵ月差ぐらいで生まれるのか?
良い機会なので彩花さんの出産予定日も聞いてみると4月3日という返事が返ってきた。きっちり4月の上旬に生まれるようにしている辺り、彩花さんの計算高い一面が垣間見える。……本当に、彩花さんは色々と抜け目が無い。
今の日本では安定期に入れば妊娠祝いをするようなので、そこら辺の常識はちゃんと収集しておこう。というか国から出るお金が、妊娠祝いと出産手当で分けられているから中間層にとっては結構な額になるのか。手厚い子育て支援もあるから、別に貯金が無くても子供は作れるのかな。
……来年の今頃には、2児のパパか。いつも思うことだけど、母子ともに健康な出産であって欲しい。こういう時だけは、神に祈りたくなる。祈っても祈らなくても、結果は変わらないと思うが。