第125話 豊森姓
研究所について、研究者について、安香さんから色々と話を聞いた日の翌日。愛華さんに確認したいことがあったので、聞いてみた。
「安香さんが田中さんと結婚しようとしているのは、本人の意思が介在してるの?」
「安香さん自身の意思も存在していますよ。田中さんが安香さんを嫌っているという事も無いでしょう」
昨日の安香さんと田中さんの馴れ初めを聞いていて、少し気になっていたことがあった。それは豊森家の囲い込み制度に本人の意思が介在するのか、ということだ。
「というか、まだ正式に付き合ってない感じだったのに、安香さんの頭の中では結婚前提だったね」
「田中さんの好みの女性が安香さんのような女性だと安香さんは知っていますし、相思相愛だと安香さんは思っているのでしょうね」
「何で、安香さんみたいな女性が好みだと分かっているんだ?」
このことを愛華さんに聞いてみると、少なくとも相性が悪い者同士では無いと教えられた。戦国時代は結婚なんて親が決める時代だったし、恋愛結婚を重視すると出生率は下がりそうだから、結婚を国が主導するのは国としては正しいのだろう。……たぶん先進国の出生率の低下の要因の1つに、恋愛結婚と一夫一婦制は関係しているだろうし。
基本的に子供を育てるコストがかかる国ほど、出生率は低下する。これを今の日本は妊娠祝いや出産手当、手厚い子育て支援で回避している。また、国有企業という受け皿を確保しているために将来的な不安も少ない。医療知識の発展もしているけど、少子高齢化が問題になるのはかなり先のことになるだろう。
ちなみに、田中さんの好みを知った方法については各教育機関で趣味嗜好の調査があるので必然的に分かってしまうとのこと。……趣味嗜好の調査を、豊森家の私利私欲のために使うのは駄目なことなのか、判断が難しい。
「今度、秀則様も受けてみますか?」
「親衛隊のメンバーを入れ替えるようなことはしないと言えるなら、受けても良いよ。というか、過去の日記や今までの行動から趣味嗜好は丸裸にされていると思っているけど」
「日記を書いていた当時と、趣味嗜好が変わっている可能性もあるので……」
「それだけは、絶対に無いな。豊森家が予測した俺の回答と、俺が実際に回答した結果は、全て一致していると思うよ」
どんな質問が出るのかは気になるので、用意はして貰う。回答をする必要性が感じられないのは、俺が変わってないという自覚があるからだ。まあ、豊森家の思い描く秀則様と、現実の俺がどれほど剥離しているのかが分かるかもしれないし、回答自体はするけど。
「調査用紙であれば、すぐに用意出来ると思います」
「とりあえず、それで良いよ。どんな質問なのかは気になるし」
愛華さんから渡された、16歳になった人間が趣味嗜好を回答する紙束は合計で6枚。これ、生きている人の分は全部保管されているのかな?そりゃ、土地が足りなくなるわけだ。
内容は、1問目から好きな遊び、好きな人、尊敬する人、その理由などが並ぶ。かなり本格的なアンケートみたいなものだ。本人の実情を知るのには、これが最適なのだろう。虚偽の回答の対策も為されているようで、質問を見るだけでも結構面白い。
「……好みの女性の体形って必要?」
「身体の相性は、重要でしょう?」
「うん、まあ、そうなんだけどね?」
異性の身体に対して魅力を感じる点とか、将来結婚したい相手に求めること、自分が為せることなどを真面目に答えさせられるのは、ちょっと恥ずかしい。答えるついでに教えて貰ったけど、男性が女性の身体に対して魅力を感じる点で1番多かったのは胸だった。それも8割以上という言い方だったから、何だかんだ言って胸が嫌いな男性はいないということだろう。
一方で男性の身体に対して魅力を感じる点は、調査時期によってかなり変わるようだ。胸や肩、腕や背中、脚やお腹など様々な部分を見ているということは、全体的に見ている人が多そうだ。それでも1点だけ、どこに惹かれるのか親衛隊の皆にカミングアウトして貰ったら、腕と背中が人気だった。愛華さんは腕で、彩花さんは背中だ。愛華さんと彩花さんのフェチについては何となく察していたから驚きは無い。
「田中さんと安香さんは、これの回答結果で1番良い結果だったからマッチングした感じ?」
「その認識で正しいです。田中さんはまだ結婚願望が薄いようですが」
「愛華さんは、田中さんと会ったことがあるんだっけ?どんな雰囲気の人?」
「……自己評価が低い、面倒な男という印象です」
豊森家が囲い込みたい人間に対しては、体格や性格などで1番良い組み合わせを考慮される。それなら、真面目に答える価値もあるのだろう。国営農場の班分けとかも、この結果が考慮されるのかな?もしもそうであれば、膨大な数のマッチング作業はパソコンが無いと辛そうなのによく続けられていたな、という感想しか湧き上がらない。
今日の回答は有意義に使われるそうだけど、嫌いな食べ物とかあえて書かなかったものも多いから過去の日記から作り上げられた秀則様像からは乖離しそうだ。……嫌いな食べ物を正直に書けば、その嫌いな食べ物が日本から抹消されそうな気がしたから書けなかった。
「空欄は、埋めなくてもよろしいのですか?」
「いや、負の方向の質問を俺が答えたら色々と不味いだろ?」
同じような理由で嫌いな性格の人間も、書くことは出来なかった。こっちはもっと書いたらいけないだろうし、身の回りにいる人が意図的に遠ざけられたりしたら悲しい。質問の多くは内情を聞くような質問だったけど、意味不明なものも中にはあった。
……弱点とか、俺はどう答えれば良いのだろう?何度殺されても復活するし、拘束が弱点か?そもそも普通の人は、弱点を真面目に答えるのかな?一応、これで嗜好の傾向なども調べているようだけど、本当の目的は豊森家に優秀な人間を取り込むためだ。そこら辺は、本当に抜かりなく物事を進めている印象を受ける。
次回から閑話を数話投稿して休暇編を終わらせます。次章から時間の流れを早めたいので、飛ばし飛ばしになると思います。