第123話 関心
一年の中で長期休暇や休みの日を除いた学校へ行く日を、綺麗に三分割することにした。親衛隊の隊員の中でアンケートした結果では「年生」という言葉の代わりに「号生」が人気だったため、このまま行けば小学校は18号生までとなる。……俺だけじゃなくて親衛隊の人間でも違和感がある人は多いようだけど、数年も経てば皆は慣れてくれるはず。
今までは5年で教えていた教育内容を18分割する作業は大変だろうし、新しい教科書の用意も必要になってくる。だけど今の5歳児は小学校に入学済みで、来年の5歳児は小学校へ入らなくなるから、新入生に関しては1年の空白が出来ることになる。この1号生から、新しい教育体制で育てることになるだろう。既存の学生については豊森家に丸投げする。細かい調整とか俺には出来ない。
「……凛香さんの通っていた小学校、凛香さんを教えていた先生は全員転勤しているのかな?」
「凛香さんが小学生だったのは13年以上前なので、1つの場所にこだわらない教師なら間違いなく異動してますね」
彩花さんによると、小学校の教師は異動や転勤が多いらしい。キャリアを積んだら中学校以上の教師も任される人もいるようだし、転職が簡単な世の中で、同じ小学校の教師で留まる人は少ないとか。残念ながら小学生時代の凛香さんは知ることが出来無さそうだと思っていたら、当時を知る先生が1人だけ残っていたので話を聞く。
「凛香さんのことですか。……ええ、まだ記憶に新しい方なので覚えていますよ」
60歳を超えてそうな、見た目だけは完全に老婆な女性教師が、凛香さんのことについて少しずつ語ってくれた。小学校に入った頃から凛香さんが怪力を持つ子供だったこと。2年も経つと近縁の子供達からも恐れられていたこと。徐々に周りの人間が賢くなっていくにつれ、心無い言葉が凛香さんを襲ったこと。
実験と称して、離れた距離から悪口言う人間に、凛香さんは機敏に反応してしまったらしい。小声でも聞こえてしまうということは、周囲には聞こえず、凛香さんだけに聞こえる悪口を言えるということ。最初は怒っていた凛香さんだけど、次第に無反応になっていった。そうなると、今度は堂々とからかうようになって、今の無口な凛香さんが完成した。
別に、怪力だからと言って暴力を振り回していたわけじゃないとのこと。むしろ喧嘩は他の子供よりも少なかったらしい。ただ、幼い頃から鉄板を曲げることぐらいは出来てしまいそうな凛香さんだ。その少ない喧嘩や、普段の生活でも垣間見える異常性に、怖がられてしまうのは仕方のないことだろう。
……それなのに、からかわれる意味が分からないな。あり得るとしたら、凛香さんでは敵わない人間が相手だったとか?
「愛華さんは、このことを知っていたの?軍事士官学校で知り合ったって言ってたけど?」
「いえ、知りませんでした。……初めて会った時から、凛香さんはあまり感情を表に出さず、口数も少なかったので」
唯一の救いは、凛香さんが豊森家だったことだけだな。豊森家の人間には、豊森家の人間というだけで仲間意識のある人が多いので、親しくする人間もいたということだろう。親衛隊の隊員達でさえ、最初から奇妙な連帯感があったしな。
「凛香さんは、心の奥底で閉じ籠っているだけか。今まで中途半端に会話をして来なかったから、色々と不慣れなだけだと思う。悲観するほど、面倒な状況じゃない」
「そうなのですか?私は結構深刻な問題だと思いますが」
「むしろ、過剰に問題視する方が凛香さんには悪影響だよ。彩花さんも、あまり深刻に考えない方が良い。こちらから質問をすればちゃんと受け答えはしてくれるし、どんどん凛香さんへ話しかけるべきだ。そうすれば、次第に凛香さんも他人に興味を持ち始めるだろう」
「……凛香さんは他人に、興味を持てない?」
「うん。たぶん、今の凛香さんは他人に興味をあまり持てない状態なんだよ。そこをどうにかしないと、全て無意味になると思う」
改変前の日本では、常日頃からコミュニケーションが大事だと言われていた。今の若者はコミュニケーション力が足りないとか、言っていた気がする。ただ、その解決策については漠然としたものであり、明確な対処法を教えているところは少ない。
そして個人的な意見になるけど、他人への関心の無さが会話の発生を抑制していると俺は考えている。凛花さんの場合は、一度人と仲良くすることを諦めたパターンだろう。せめて周囲の知人に対しては、興味や関心を持てるようにしたい。今の寡黙のままなら別に良いけど、悪化して本当の無口になってしまうと困る。
彩花さんでも、凛香さんが他人に興味を持っていないことは見抜けなかったということは、凛香さんもある程度は演技をしていたのかな。演技と言うよりは、空気を読んでいたと言うべきか。
……ついこの前、1番会話しているのは秀則様だと思う、みたいな事を言われたから、凛香さんの他人への関心の無さは相当なものだ。俺と凛香さんの会話は少ない方だと、俺が思っていたからな。ただ、俺に興味を持ってくれているというのはわかる。改善の兆しは見え始めているということだ。
愛華さんや彩花さんも、極力凛香さんへプライベートなことを話しかけると約束してくれたので、これからは快方に向かうと信じたい。後は凛香さんをいじめることが出来たという人物が少し気になるけど……今はどうすることも出来ないな。
「過去の話を聞いても、凛香さんをいじめの標的にするって、ちょっと想像し辛いな」
「子供の頃の1年の差は、非常に大きなものです。推測ですが、相手は年上でしょう。名前を伏せられたということは、いじめた側の人間も豊森家の可能性が高いです」
凛香さんの状態は大体知り尽くしたので、凛香さんの家まで帰る。凛香さんに関しては過剰に気にし過ぎていただけだったけど、色々と凛香さんについて知ることが出来て良かったかもしれない。凛香さん、家にいる時はかなり服装に無頓着だし、凛々しい雰囲気が少し霞んで子供っぽく見える。
……着ているのが無地の真っ白なTシャツだけだと、かなり色気が出る人もいるのに、凛香さんからはそういうのを感じなかった。愛華さんとはまた違ったベクトルで、子供っぽいのかな?これからはもう少し、凛香さんと踏み込んだ会話もしていきたい。