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第118話 動機

8月18日の朝、親衛隊の人に調べさせていた物が見つかったので持って来てもらった。調べさせていた物は、豊森家の人間を4人も殺し、懲役85年×4の判決が出た殺人事件の裁判記録についてだ。


犯人が『俺は悪くない、こんな社会を作った豊森家が間違っている』と言っていたのが気になっていたので、犯行動機についてを詳しく知りたかったのだ。もう死んでいるので警戒する必要は無いが、何故間違っていると思ったのか、把握をしておきたかった。


「新聞の方では、犯人の動機をバッサリとカットされているのか」

「全てを載せる必要は無いですから、余計な部分を取り除くことは多いですね」


彩花さんが情報の操作を堂々と言っているけど、豊森家の人間で上の立場の人間ならば全員が知っていることなのだろう。最初に情報の操作を始めたのは俺だし。国民を扇動するのに、意識操作をするのに、新聞ほど便利な物は無かった。


そして持って来させた裁判の記録では、犯人の犯行動機について、全文が載っていた。


『世の中は不公平だ。俺は沢山の努力をした。しかし、俺より努力をしていない人間が試験では良い点を取り、評価をされた。運動も、芸術も、料理も、全て試したが、俺には何の才能も無かった。顔立ちだって最悪だ。清潔にしていたのに、吹き出物がいつも出来る。……頭の悪い、要領の悪い人間には暗い未来しか無い。そんなものは間違っている。だから俺は才能も、金も、恵まれた人間である豊森家の人間を殺した。4人の俺より優秀な人間が、俺より短い生を終えたと理解した時、胸がスッとするような思いだった』


ここで1回途切れているが、被害者の遺族がぶち切れて乱闘騒ぎになったようだ。これは怒り狂っても仕方ないし、犯人を殴りたくなる気持ちは分かる。乱闘の二文字で裁判記録でも省略された数分間の中で、何が起こったのかは大体想像が出来るな。


『俺は悪くない。頭の悪い、要領の悪い人間には暗い未来しかない社会を生み出した豊森家が間違っているんだ』


以上が、犯人の主張である。一応付け加えておくと、要領の悪い人間でも国有企業で農家として働くことが出来るので、この発言は全農家を馬鹿にした発言だ。そもそも、この男は親から受け継いだ店を税の滞納で潰している。売上自体も、男が引き継いでからは右肩下がりだったようだ。


俺が警戒していた要素は見当たらなかったので、一安心だな。しかしまあ、能力や体格を数値化して個人の評価を固定してしまうと、下の人間が良い思いをしないことは理解出来る。だからと言って恵まれている人間を殺すのは完全に狂人の発想だが。


……嫉妬という感情は、簡単に人を狂わせるものだ。元々狂っている人間のタガを外すには、十分なものだろう。単にこの人は、豊森家の人間が羨ましかっただけなのかもしれない。もちろん、同情はしないが。他にも色々と訴える方法はあっただろうし、まず前提として田畑を耕すことが暗い未来とか言っている時点でどうしようもない。


俺も田畑を耕していた時期は何度かあるし、苦労して作った美味しい食材を、収穫してその場で食べるのは至上の喜びだった。実際に農作業をしないと、新しく作った鍬がどれほど有意義なものなのか、肥料はどのぐらい使用するものなのか、分からないしな。


「……この殺された4人は、徴税官なんだっけ?」

「はい。その内の2人はかなり優秀で、将来的には予算編成の権限を持つ可能性もありました」


懲役85年×4は、何回か揉めた末での判決のようだ。今の日本にこれほどの反感を持つどうしようもない人間ならば、日本人としての権限を全て剥ぎ取ってしまっても良いという意見も裁判官から出ている。たぶん1番重い刑罰なので、適用はされなかったようだが。


裁判記録を読んだ後は、今の日本の司法試験の問題を見ることにする。過去の問題はすぐにでも用意できるそうなので、持って来てもらった。


『以下の場合の加害者と被害者の罪責の割合を答えよ。過去の類似した事例を挙げながら論じること』

「……最初の問題の1行目を呼んだだけで、解く気を失ったんだけど」

「秀則さんが問いに答えれば、その答えがこれから適用されることになると思いますよ」

「うん、その事を理解しているから解くつもりは無かったよ。まず、司法の知識がほとんど無いし」


司法試験の問題は、全てが記述の問題で、点数の上限が無いようだ。合格するために同じ受験者と差を付けるなら、過去の類似した事例や根拠を正確に書かないといけない。だから全員、時間に追われながらかなりの長文で解答していくとのこと。合格率3%とか、軽々しく言う物じゃ無いな。


長々と書かれた問題文の方は、もの凄く簡潔に言うと「馬鹿にされたから殴ったら殴り返されて大怪我をした」というもの。馬鹿にされたから殴ったら殴り返されて大怪我をした方が被害者になるようで、馬鹿にしていたら殴られたから反撃して大怪我を負わせた方が加害者だな。


彩花さんによると、この場合は喧嘩の火種が加害者側だから加害者と被害者に分けやすいそうだ。予想だけど、彩花さんは司法試験でも簡単に合格出来る気がする。……豊森家の人間を4人も殺害した人は、彩花さんのような天才に嫉妬したのだろう。


いや、違うか。自分が平均より全てにおいて下だったから、人の何倍も努力してようやく人並みという人生が嫌だったのか。確かに、努力が報われない人間は大勢いる。努力の全てが無駄になった人だっているだろう。自分と言う人間の評価が明確に分かってしまうからこその、心の病だな。


……もしも完璧な管理社会の実現を目指すならば、下の人間の扱いをどうしていくかが1つの大きな課題になる。嫉妬を抱かせないために、どのような工夫をするのかは大事な気がする。今の日本では、この矛先をギャンブルにでも向けさせているのか?


誰だって、自分の視点では世界の主人公だ。だからこそ、この問題は解決は難しい。

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