第116話 挟撃
戦史の授業なだけあって、兵の動きや当時の指揮官の考えについても解説を入れていく教師。次の時間では、別の考え方があったかどうかの討論も行うようだ。あらかじめ浅井家の裏切りを知っていたとしてどう動けば良かったのか、戦争の全体図を知った上で軍の再配置を行うのならばどのような配置が効果的か、徹底的に討論するらしい。
金ヶ崎の戦いについて、浅井家の裏切りの後は展開が早い。朝倉軍と浅井軍に挟撃された豊森軍だが、織田徳川連合軍が浅井軍の後ろから襲い掛かって浅井軍を今度は逆に挟撃している。一乗谷城から琵琶湖の東岸までには朝倉軍、豊森軍、浅井軍、織田徳川連合軍と並び、各軍が万規模の兵力を率いての大決戦となった。
結果、背後からの奇襲を受けきれなかった浅井軍は壊走し、半数近くが捕虜となった。長政自身は居城に引き籠っていたので、反信長派が暴走していたということだな。金ヶ崎の戦いの後、浅井家はあっさりと降伏した。親朝倉派、反信長派の浅井家の将はほぼ全員が討ち取られたし、信長も長政の事情は分かっていたので臣従を許した。
……長政が切腹を思い留まったのは俺の手紙のお陰だと、お礼を言って来た記憶があるので、色々と葛藤はあったようだけど。読めば激昂不可避な手紙を持って行ってくれて、説得までしてくれた秀吉の功績は大きい。
「浅井家の臣従後、秀則様は元々の攻略目標である一乗谷城にまで進軍し、一乗谷城を焼き払っています。朝倉家の滅亡後に敦賀を抑えたかったという意思があったようですが……詳細は不明です。しかし結果的に朝倉家の領土をほぼ全て呑み込んだ形となり、織田家の力はさらに増大することとなりました」
補習は2時間ぐらい、ずっと金ヶ崎の戦いについて話していたが、途中で寝るような生徒は皆無だった。板書はせずに、地図上の駒を動かしながら話しているだけの授業だったから、少しでも寝たら終わりの授業だ。補習を受けている時点でこの学校では下位に属するグループなのだろうけど、成績下位者特有のやる気の無さは感じられなかったな。
……中学では成績でトップだったが、県内トップの高校へ進学し、そこで競争に負けて気力を失っていった奴を俺は知っている。遊びに興味が無かった彼は、いつの間にかカラオケが趣味になっており、どんどん怠惰になっていった。卒業から半年も経つと、秀才っぽい雰囲気は感じられなくなっていたな。
所謂働き蜂の法則だが、それが見受けられないのは良い事なのか?小休憩の後は討論をするようなので、早々に退散する。流石に「こうすれば良かった」を本人がいる前ではやり辛いだろう。聞いてみたい気持ちはあるが。
金ヶ崎の戦い後の朝倉攻め真意を教えようかとも思ったけど、単に朝倉家をあらためて攻めるのが2度手間だと感じただけだから、特に深い意味は無い。撤退を始めた朝倉軍の兵数を追撃戦でかなり減らせたので、ついでに朝倉家を滅ぼしておこう、という思考だ。元々、朝倉家を滅ぼすのが戦の目的だったし。
予想以上に時間が空いたので、遊戯室で一昨日もプレイをした軍事演習TRPGで彩花さんと戦ってみる。元々TRPGはスマホゲームやテレビゲームが戦国時代に無かったから、苦し紛れに始めてみたのだけど、意外と戦国時代でも流行った。
ルールや用語なら分かっていたし、再現に時間がかからなかったのも大きい。俺が消えた後もTRPGは根強い人気があったようで、今までに色んなタイプのTRPGが生まれたようだ。軍事演習TRPGはその内の1つだな。
「本当に、全力を出しても良いのです?」
「どうせ、全力で戦ったことは無いんでしょ?もし彩花さんが勝ったら、無理のない範囲で言うことを1つだけ、何でも聞いてあげるよ」
「……まあ、手加減は上手かったですね。
わかりました。それでは本気で戦いましょう」
たぶん、こういったゲームで彩花さんは真剣勝負を出来なかったはずなので、全力で戦うよう言っておく。彩花さんの軍事演習TRPGの通算成績で18勝14敗と言っていたので、手加減はかなり上手いのだろう。GM(Game Master)は遊戯室で暇そうにしていた今川さんを捕まえて頼んでみると快諾してくれたので、そのままGMを任せる。
……一昨日、今川さんと戦った時は愛華さんがGMだったけど、軍事演習TRPGはGMの処理能力が高くないといけない。凛香さんや彩花さんの手伝いがあって、愛華さんがようやくこなせる、といった感じだ。本来なら電卓に任せるような計算を人力でやる訳だから、計算能力は必須となる。今川さんは慣れているそうなので1人でGMが出来るようだけど、申し訳ないので親衛隊から何人か手伝わせることにした。
「それでは将の能力値を決めていきます。3d6を6回振って下さい」
「よし、俺から決めるか」
3d6とは6面ダイスを3回振るという意味で、合計値は最大で18、最小は3だ。2d20だと、20面ダイスを2回振るという意味になる。TRPGの用語の1つで、初めは俺だけが使っていた用語だったけど、いつの間にか周囲の人間が使いだして定着していった。
軍事演習TRPGは最初、自分の分身になる将のステータス決めから始めるので、早速6面ダイスを3つ一気に振る。色々とルールがあるようだけど、陸軍士官学校では6つあるステータスの内、気に入らない項目があれば3回まで振り直せるので、そこまで悲惨なステータスにはならない。合計で9回まで振れるという訳だから、低いステータスも残ってしまう場合もあるが。振り直した結果、前の能力値より下の能力値になったら最悪だな。
将の能力値はそこまで大勢に影響無いが、低いと辛いので高い方が当然良い。「攻撃」「守備」「智謀」「計画」「人望」「運」の6つの内、1番重要なのは人望だと思っているけど、これは部下の能力値に関わる。これが低いと、強い隊長が少なくなるので非常に辛い。
攻撃と守備は、計算式をややこしくしてくれる。算出された自軍の死傷者には、最後に敵将の攻撃から自軍の将の守備を引いた数が率としてかけられる。敵の攻撃力が自分の守備力より10高ければ、常時被害は1割増しである。逆に守備が10高ければ常時1割減だ。1差で1%とかに設定しているから、計算が非常に面倒くさい。
「……攻撃10、守備14、智謀7、計画16、人望13、運7」
「前回よりかは高いですね。記録は付けましたので、次は彩花様がどうぞ」
計画は策略を仕掛ける時に使うステータスで、智謀は策略を見抜く時に使うステータスなので、もちろん高い方が良い。低くても問題が無いのは運ぐらいだろう。遊戯用のルールだと本陣に接近された時にしか使わないし。
こちらの将のステータスが決まったので、次にステータスを決めるのは彩花さんだ。6面ダイスを3つ、俺と同じように一気に振る。これを6回、繰り返した。
結果、彩花さんのステータスは全てが18となった。