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第112.5話 信奉者

8月14日の夜。静まり返った陸軍士官学校の校舎の中で2人の男性が話し合っていた。1人は肩や背中に異様に隆起した筋肉を持ちながらも、その他の部分は脂肪で覆われた陸軍士官学校校長の坂井道次(さかいみちつぐ)で、もう1人は如何にもひ弱そうに見える陸軍士官学校の生徒である今川忠治だ。


秀則達が帰った後、それまで秀則達の動向を見守っていた今川は校長室の扉を叩き、坂井は今川を中へ迎え入れた。校長室に生徒が入る事は基本的に無いことだが、今川は慣れた素振りで校長室に入って椅子へと座った。お互いが向き合った後、坂井が今川に語りかける。


「秀則様の一番の信奉者を自称するお前には、秀則様がどう見えた?」

「校長先生と変わらない意見だと思います。最初は子供っぽいと思いましたが、違いますね」

「ほう?子供っぽくないと?」

「はい。子供っぽい、ではなく、子供なのです。だからこそ、私は秀則様の数々の偉業に納得をしました」

「……そう思ったことは、私以外には言わないようにな」


坂井は今川に対して秀則の印象を聞き、今川は素直に思った心証を坂井に伝える。坂井はそんな今川を危ういとも思ったが、そのことについてはあまり言及をしなかった。


「射撃場の後は、遊技場に行ったんだってな」

「はい。流行の遊戯を知りたがっていたため、軍事演習TRPGを勧めました。あ、秀則様がTRPGの意味を説明してくれましたよ。テーブルトークロールプレイングゲームの略だそうです」

「それは提唱されている説の1つだったな。後で正式に決まったことは報告しておこう。

……それで、戦ったんだろう?結果はどうだった?」

「引き分けでしたが、実際には負けていました。ルールを途中まで誤認されていたのに、戦略でも大いに負けていたのに、戦術だけで引っくり返されました」


今川は、秀則と対戦したゲームの内容を長々と話す。元々TRPGの類を世に広めたのは戦国時代、ゲームに飢えていた秀則だった。RPGみたいなゲームをしたいと考え、サイコロを振ることで全てを決めるTRPGならば再現できるのではないかと知恵を絞り、秀則はファンタジー風なTRPGやシノビ達が戦うようなTRPGを生み出した。


このTRPGは後の世でも行われ、何度かブームが再燃した後、軍事演習にも取り入れられると当時の参謀総長は考えた。そして開発されたのが軍事演習TRPGだ。お互いに軍を率いる立場となって戦い、野戦や攻城戦で敵軍を粉砕するか、敵大将を討ち取れば勝ちとなる。


そんな軍事演習TRPGを、士官学校の生徒の中でトップを争うほど得意としていた今川は、初めてプレイする秀則と全力で戦って引き分けだった。対戦事では手を抜くと怒ることで有名な秀則のことをよく知っていた今川は、手加減せずに全力で戦った。最初の戦略フェイズで今川側に有利な配置となった時には、勝利を確信したほどだ。


しかし局地戦が発生すれば秀則は異様に強くなり、ダイス運にも嫌われ、勝負は引き分けとなった。しかも秀則は途中まで側面攻撃の仕様を知らなかったため、実質的には負けたと今川は認識していた。


「……頭脳面では私が見て来た生徒の中で五指に入るお前が、負けたのか」

「はい。ああ、おそらくですが、傍にいた豊森彩花様も私より強いです」

「あれは海軍士官学校史上、最も賢いと言われた女だ。秀則様の周りにいる人間は全員、一般人からは逸脱した何かを持っていると考えて良いぞ」

「わかっています。あの最難関の崖を腕だけで登る人間など、人間だと思いたくありません」

「はっはっは、容易な岩壁すら登れないお前から見れば、人外の域だな、あれは。

……そう言えば凛香君は、陸軍士官学校を卒業する頃には殻を破れそうだったのに、また殻の中へ戻っていたな」


話は秀則の付き人についてへ移行し、凛香の異質な崖登りが話題となったが、坂井も実践しようと思えば実践できてしまうので話題を逸らす。その逸らした先の話題は、凛香のコミュニケーション力の無さだった。


「凛香君は小さい頃からあまりの怪力に煙たがられていたようでな。私が初めて会った時にはもう殻に籠っておった。国が望んで生み出した異端児なのに、だ」

「殻に籠る、ですか?」

「……陸軍士官学校に入る前、いじめを受けていたようだ。だから自身を防御するため、口数を減らし、自らが築き上げた壁の中へ、殻の中へと入っていってしまった。しかし、それでは人と会話する能力が育たん。陸軍士官学校時代は私が根気よく付き合ったからか、最低限の会話はこなせるようになったが、去年会った時には元通りだ」


凛香の口数が少ないのは、昔に受けていたいじめが原因だった。もちろん当時の問題は解決済みだが、それ以降凛香は目立たないように生きて来た。その点を指摘し、教育していた坂井だったが、卒業してすぐに元へ戻った凛香を見て諦めてしまった。


「しかし、今日の凛香君は若干だが表情に感情が出るようになっていたな。相変わらず口数は少なかったが、良い傾向だ。成長していて嬉しく思ったよ」

「……何を、言いたいのですか?」

「……君の欠点はすぐに正解を求めるところだと、常日頃から言っているだろう。まあいい。成長力と適応力は、似ていると思わないかね?秀則様が追加された指揮官の素質である適応力は、成長力でもあると私は思っている。大佐や少将に昇進し、連隊や師団を率いることになっても成長を止めない人物。そういう人が指揮官に相応しいと秀則様は考えたんだ」

「考えすぎでは、無いでしょうね。秀則様自身も知りたがり屋で、現在も色んな場所を訪問して知見を集めている。成長力と適応力、ですか」


坂井は持論を述べ、そのことについて今川も納得する。そもそも適応力の話は本来、今陸軍に所属している高級将校達に話すべき内容だ。それをわざわざ陸軍士官学校に来て、校長に伝えた。つまり今の陸軍に所属している人間より、将来的に属するであろう人間に持っていて欲しい能力だと秀則は考えたのだ、という思考が2人の頭の中で駆け巡る。


「……十数年後、では無いな。数十年後を見据えているのかもしれん」

「そこまで考えられる子供、というのも怖いものですね。話していて同級生の友人よりも年下に感じましたが、時々老齢の識者と話している感覚にも陥りました」

「その点もまた、秀則様の魅力なのであろう。

さて、そろそろ準備をするか」


夜更けになり、今川は寮の自室へ戻り、坂井は準備を行う。その準備は、2学期の指導内容の変更を豊森家に知らせる封書や、どのような講義に変更するかを考える準備だ。


今日もまた秀則の指示で、多くの人間が動くことになった。秀則の出した指示は、常に秀則の想定を遥かに超える成果と欠点を抱えて、世に出ることになる。

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