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第112話 ミイラ

坂井校長と話をした後は、愛華さんが士官学校の授業について説明をしてくれた。基本的に授業は座学と実習に分かれており、2人とも実習の方が成績は良かったみたいだ。愛華さんも体格は良いし、運動神経が良かったのだろう。


今日は岩壁登りで補習となっていた子も来たので、愛華さんと凛香さんが見本として登ってくれたけど、特に準備もせずしれっと崖を登るのは心臓に悪いから止めて欲しい。しかもそのルートが最難関のルートで、補習を受けていた男の子がドン引きしていた。


崖には突起や窪みがほとんど無いのに、よく登れるなこの2人。途中から反り返るように岩壁が崖から出っ張っているので、垂直より傾斜がきついはずなのに、凛香さんはほとんど腕だけで登っている。


「君は凛香君の登り方を真似しないように」

「は、はい」


坂井校長にすら凛香さんの登り方を参考にするなと言われる始末。いや、腕だけで登るとか危険極まりないけど、そもそも普通の人間が凛香さんの真似を出来るはずも無い。愛華さんは教科書通りに三点支持をして登っているけど、時々細長い足を頭の近くにまで上げて登っているから、身体の柔らかさが凄まじい。


その後は射的場に行って訓練に使用する小銃を確認したり、遊技場で流行のゲームを遊んだりした。射撃場では、凛香さんは遠距離の狙撃で凄まじい記録を持っているけど、それがどれほど凄いのか実感するために、100メートル先にある的を実際に小銃を持って撃ってみる。火薬が独特な臭いを発していたけど、臭い自体は控えめでそれほど気にはならなかった。嗅いでいて思ったけど、クラッカーみたいな臭いだな。


「100メートル先の半径10センチの的に、10発撃って2発だけか」

「……初めてなら、良い方だと思う」

「凛香さんは100メートルの距離で初めて撃った時、何発当たった?」

「……10の10」


遠くの的を撃ってみた結果、射撃センスはまるで無かった。実際に撃つ立場になると、100メートル先でも凄く遠く感じる。まあ、火縄銃で的を撃った時も命中率は散々だったから、才能自体が無いのだろう。凛香さんに100メートルの距離で撃たせてみると、20発ぐらい撃って一度も的から逸らさなかった。


……本当に射撃した後だからわかるけど、反動もそこそこにあるから全弾命中はやっぱり異常だ。異常だけどこれ、不破野さんも出来るんだよな。


射撃の大会の中には1対1でどちらかが外し続けるまで撃ち続けるというトーナメント戦用のルールもあるそうだけど、もしも不破野さんと凛香さんが撃ち合うことになれば、ずっと撃ち続けていそうだ。今年は戦争のせいで中止になったから、来年に期待したい。来年までには不破野さんも宙ぶらりんな状況からは脱しているだろうし。


遊技場では補習を受けていた今川忠治(いまがわただはる)さんが、今陸軍士官学校で一番流行っているという1対1のゲームを紹介してくれた。そのままルールがあやふやな状態で今川さんと一戦だけ遊んでみたけど、結果は引き分け。サイコロ運が荒ぶるのはわりといつものことだし、結果は引き分けだったけど、面白い遊びだった。京都へ帰る前にもう一度やってみたいな。


そうこうしている内に夜になったので、食堂で特上日替わり定食を注文する。すると出て来たのは、分厚い牛肉のステーキだった。愛華さんオススメの定食なだけあって、値段は高く、量も多い。味は日中戦争の時に食べていた士官用の食事に似ている気がするから、軍のスープや味付けのレシピは一緒なのかな。




翌日の8月15日は予定が入れられていたので、言われた通り墓参りへ行くことになった。俺がこの世界に降り立ったと言われている場所に豊森家のお墓があるようなので、岐阜と愛知の中間地点へ移動。というか陸軍士官学校からそこまで離れていない場所だ。


言われてみれば、確かに周りの山々の位置とか、戦国時代にタイムスリップした当初の場所に酷似しているかもしれない。……良い思い出は皆無だな。落武者と勘違いしたのか、単に怪しい者だったからかわからないけど、執拗に追い掛け回されたし。しかし今では豊森家所縁のお寺があり、中には俺の遺体が納められているようだ。


「……俺の遺体が、保管されているの?」

「はい。私も秀則さんの遺体を見たことがありますよ。10年に1度だけ公開されますので、今年は今日がちょうど公開日です」

「えっ?……えっ?」


遺体はミイラ化されており、10年に1度だけ公開されるようだ。彩花さんも見たことがあるそうで、今日が公開日とのこと。ミイラ化については知識があったので教えていたけど、まさか俺の遺体がミイラ化されているなんて夢にも思わなかった。


……いや、でも死ぬときは光になって消えて無かったか?そもそも死んだのか分からないし、珠や秀一の日記には光になって消えたことが書いてあったのは確認している。遺体なんて、残っているはずが無い。


そんな感じで熟考していたら、俺も遺体を見ることになったので俺の遺体と言われているミイラと対面した。


「頭は、無いのか」

「ありませんね」


その遺体は少し黒ずんでいるけど、体格的には俺っぽい。そして頭は、木が俺そっくりに彫られていた。その木造の頭を見た瞬間、俺の顔を彫らせた木彫り職人を思い出す。あの時の頭が、遺体の頭として使われているのだろう。


問題はその遺体の首から下の部分だけど、天下統一目前の1585年、刺客に襲われて首と胴体がサヨナラした時の物だな。確か土の中に埋めたはずだけど、すぐに掘り起こされてミイラの素体にされたのだろう。ちょうどその頃に秀一が、エジプトのピラミッドやミイラについて聞いて来た記憶があるので、あいつの実験材料になったのか?


「……心当たり、あった?」

「あったよ。あったし、呆れたけど、まあ、怒る気にはなれない。これから秀一の墓参りもするからな」


……用意周到な奴だから、ご神体として俺の遺体を残したかったのかもしれないし、ミイラにされたのは王様や貴族だという話をしたからちょうど良いと思ったのかもしれない。凛香さんに心当たりを聞かれたので、説明はしておく。


秀一は優生学の提唱者みたいな存在だし、変わったところが多かったのは確かだ。だけどまあ、親の身体をミイラ化するとは思ってなかった。しかも本人が存命中なのに。


色々と悩みが増えたが、一時的に公開を中止させてしまっていたので、素早く立ち去って次の目的地へと向かう。次の目的地は、俺の跡を継いで管理社会への方向性を固めていった息子、秀一のお墓だ。


……豊森家の当主は代々、ここに埋葬されているので、秀一の長男であり孫の公秀(きみひで)もここに眠っているようだ。子や孫の墓参りをする覚悟はあったけど、実現するとなると何とも言えない気持ちになる。

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