第107話 略式起訴
残念ながら、俺は改変前の日本の法律について本格的な勉強は一切したことが無い。しかし、裁判に関わる単語をある程度聞き覚えている。その中の1つには、略式起訴というものがある。
……細かい仕組みは全然分からないけど、小さな事件の場合は起訴の手順を簡略化していたということだろう。ということで罰金が10万円以下になりそうな事件で被疑者の人格がまともであると判断できる場合は、略式起訴を取り入れることにする。今まで犯罪を犯した人は全員拘留していたようだけど、それだと本人の社会復帰も難しいし、その期間の生産力が落ちてしまう。
ちなみに前科があると子供の数が制限されるそうなので、それも撤廃したいけど、とりあえず緩和の方向で試すことにしよう。犯罪を犯すと元々制限されている子供の数が減るので、下手すれば子孫を残すことが禁止、という状況に陥ってしまう。収入や能力での子供の制限も良くは無いけど、どんなに愚鈍で低収入でも結婚出来れば子供は2人まで認められるようだから、そこはあまり問題視していない。
問題なのは、その2人までという数字は減る可能性があることだ。それは親となる人物が犯罪者と障害者の場合で、障害者については遺伝する可能性が高いため、子供の数を1人減らすという理由には出来るのだろう。本当に躊躇無く調べ尽されており、障害が遺伝する確率も算出されている。
犯罪者の子供の数の制限の理由が分からなかったから、そのことを彩花さんに伝えると、犯罪者の子供の犯罪率について纏めた紙を渡された。この日本では不謹慎という理由で犯罪者の子供についての調査を中止しないため、数字として色々と表れてしまっていた。
「……結構、高くなるんだな」
「全体での犯罪率自体は低いので、犯罪者の子供と限定した時の犯罪率の伸び率は高いです」
「教育環境は、影響しているんじゃないか?犯罪者の子供というだけで周囲が色眼鏡をかけていないか?」
「いえ、犯罪者の子供だと知らせずに普通の孤児として育てた場合でも犯罪率は高いです。当然、本人が犯罪者の子供だと自覚した時点で実験は中止されていますよ」
犯罪者の子供は本当に犯罪者になりやすいのかを実験するために、親が犯罪者だということを本人や周囲の人間へ伝えずに孤児として養育した例が1000例ほどあり、残念ながら普通の孤児の犯罪率を上回ってしまっていた。僅か1000例とも言えるかもしれないが、数字として出てしまっているなら俺が援護する言葉を言うのもお門違いだろう。
「というか孤児の犯罪率も全体と比べると高いんだけど、孤児の養育に関しては真面目に取り組んでいるよな?」
「当然です!孤児院の設立は国が認めた人間にしか出来ない上に、普通の子供達と何ら変わらないよう教育しています」
孤児の犯罪率も高かったが孤児の子供の犯罪率は高くないので、孤児だからという理由で子供の数に制限がかかることは無い様だ。理にかなっていることなら人間性でも切り捨てている辺りは、管理社会の1番えげつない部分かもしれない。
……俺の考える人間性と、この世界の人達が考える人間性は、また違ったものなのだろうけど。
「まあ、とりあえず軽犯罪2回で子供の数を1人減らす制限は軽犯罪3回にまで伸ばして、重犯罪の時の制限も緩和しようか」
「秀則さんは、犯罪者の味方なのですか?」
「……そう言われると辛いなあ」
犯罪者の子供の制限に関して、緩和の提案をしてみるが、緩和すらも嫌なようなので、子供の件に関しては犯罪者への刑罰として追加されているとでも思っておこう。緩和は中止して、犯罪者が出ないような社会にするよう尽力するべきだと考える。……人口は増えているのに、犯罪者は年々減っているから、放っておいても良さそうか。
たぶん、愛華さんがこの場にいたら凄く怒っていただろうな。緩和に関しては少し軽率な発言だったのかもしれない。確かに犯罪者を擁護するような言い方だったけど、いつもは穏やかな彩花さんですら声に若干の怒気が含まれていた。それだけ犯罪に対して、強い敵意があるのだと思う。
この正義感は420年間もの間、政治が腐敗しなかった要因の1つだな。幼少期から、犯罪は悪という思考が身に付いている。だから犯罪率は低いし、小さな事件に対しても通常通りの事件として処理している。略式起訴と略式裁判に関しては取り入れても良さそうだから、一先ず略式起訴だけ取り入れようか。
「略式起訴の場合、犯罪者は拘留されないのですね?」
「うん。その通りだけど、決して犯罪の擁護じゃないからね?拘留している間、日本の生産能力が少しでも落ちるのが勿体無いし、犯罪者の更生にも影響があると思うよ」
「……わかりました。仁美さんに伝えておきます」
略式起訴についてあやふやな説明をすると勝手に形作ってくれる彩花さん。略式裁判についても簡単に草案を纏めて仁美さんに送ってくれた。頭は良いのに、部下を扱う仕事が並み以下だったのはおかしいと思っていたけど、演技の一部だったようだ。愛華さん並みに部下の管理が上手いけど、愛華さんも愛華さんで部下の使い方は上手いから、そこで甲乙は付けられない。
「愛華さんの父親って、さっき裁判所で見た背が高い人だよね?」
「えっと、私は顔を見たことは無いのでわからないです」
「……愛華のお父さんは、その人で合ってる。元陸軍中佐」
「凛香さんは知ってたか。30代半ばで陸軍中佐なら出世レースに遅れている、のか?」
愛華さんの父親は、やっぱり身長190センチオーバーのおっさんだった。周りの人間が170センチから180センチの中で、1人だけ195センチ近くあったしな。愛華さんの親族に身長180センチを下回る人はいないと聞いていたけど、あの父親を見てしまうと納得出来てしまう自分がいる。
凛香さんは愛華さんの父親と面識があるようだけど、凛香さんは21歳で陸軍大佐だったか。色々と優遇をされていたお飾り大佐的な面もあったのだろうけど、それでも大佐だ。その凛香さんによると、36歳で陸軍中佐は遅れている方とのこと。数年後には間違いなく降格していたようなので、軍人の世界の厳しさを知った。
お給料は高いみたいだし、元軍人なら再就職にも有利だから、とりあえず軍人を目指す人という人が多いのかな。というか、降格が一般的な日本が異常なのだろう。……日本の軍隊が、数十年前まで強かった理由も分かった気がする。